文字 

第11回 国内初の医療福祉大学 江草安彦 「人類に奉仕」が理念

卒業証書を朗読する江草学長

 「医療福祉大学をつくりたい。私の生涯最後の仕事だ」。昭和六十二(一九八七)年一月、川崎祐宣川崎学園名誉理事長は江草安彦旭川荘理事長に切り出した。かねてからその必要性を進言していたのは江草だった。が、学長就任を固辞した。「君には旭川荘での三十年の実績がある。新しい医療福祉の大学をつくるのは君しかいない」。川崎八十一歳、江草六十一歳の時だった。

 二人の出会いは昭和二十九(一九五四)年にさかのぼる。外科病院長だった川崎は旭川荘の構想を発表、小児科医江草がはせ参じた。二十九歳の情熱と正義感、奉仕の人生を歩みたいという思いがあった。池田愛が運営する新天地育児院に寄宿、朝と夜、子どもたちを診察、岡大小児科へ出勤していた。この実践を通し、福祉の世界に医療が必要なことを知っていた。

 福祉の世界へ飛び込んだ江草は旭川学園で保母と知的障害児の日常生活の自立、職業訓練に取り組んだ。次第に入所する子どもたちが重度化し知的障害に加え身体、感覚の障害、てんかんなどの病気を持ち、全人的にケアするには医療と福祉が一体となって取り組むしかなかった。江草は保母に少しずつ小児科学、精神医学を教えた。健常児保育しか知らず、乳児、障害児関係への医学知識を学んでいなかった。

 重症児施設旭川児童院は心身の障害が重い人のための福祉施設兼病院であり、職員の福祉プラス医療教育の必要性が一層高まった。

 とうとう江草は昭和四十六(一九七一)年、旭川荘厚生専門学院を開設、医療と福祉が一体のカリキュラム編成をし独自の医療福祉教育を始めた。保育士には「障害児の病理と保健」「乳幼児の介護看護技術」、看護師に「社会福祉」「人間関係論」などを加えた。

 この年、川崎医大開学二年目に江草は医療福祉論講座を国内の大学で初めて開講した。医療と福祉を連携から統合へと進め融合して一つの独立した学問体系を目指した。

 二つの実践は十五年を経過、学際を超えた人材育成が軌道に乗り、医療福祉論から学への熟成を続け、医療福祉大学新設へと道は開けた。

 開学まで四年間、江草は理想の医療福祉大学づくりに精魂を傾けた。理念は「人類に奉仕する大学」とした。医療福祉を形成する基礎学として生命倫理学、医療人類学などがカリキュラム編成の目玉になった。教員確保に全国を回り専任教員百五名のうち医師免許を持った教授は三十名を数えた。平成三(一九九一)年春、七百八十八人が入学した。

 「この大学は長い間熟成し人間への深い愛情によって誕生した。医療も福祉も人類の幸福のために存在するが、それらを融合することによって望ましい人類への奉仕となる」と式辞を述べた。

 若き小児科医は研さんを積み、学長になった。すべては障害児を育てる現場で学び、医療福祉教育の在り方を模索、文献を集め研究した毎日の三十年に及ぶ積み重ねの結実だった。学長在任十二年、大学院博士課程を開設した。卒業生九千人が国家試験を受け保健師、視能訓練士、言語聴覚士、理学療法士など全国で活躍している。

 施設中心だった日本の福祉に対し、地域の学校に通い、職場で働き、暮らす地域福祉を提唱したデンマークのバンク・ミッケルセンのノーマライゼーションを紹介し「完全参加と平等」がテーマだった国際障害者年を機に障害者福祉のリーダーとして活躍している。

 若い日に出会った三人の外国人宣教師の神への愛、他者への奉仕に生きる姿に触発され、その後の人生の糧とする。

 二男三女、孫十人。亡き妻は心にあり。

 (おわり、敬称略)

▼参考文献

生誕150年記念北里柴三郎   北里研究所

秦佐八郎論説集   北里研究所 北里学園

化学療法を実現した秦佐八郎   大岩留意子

秦佐八郎小伝   秦八千代

矢野恒太伝   矢野恒太記念会

第一生命100年の歩み   第一生命保険相互会社

林道倫論文集   林道倫論文集刊行会

迷彩の道標   秋元波留夫

ヒロシマ日記   蜂谷道彦

同門会報   岡大産婦人科学教室同門会

八木教授業績集
八木教授退官記念教室研究業績一覧   産婦人科教室同門会

陣内傳之助先生を偲んで   陣内先生追悼文集刊行会

道   陣内傳之助

岡大第一外科開講記念会誌   開講記念会

岡山県における粉乳砒素中毒症発生記録   岡山県

友周会誌   岡大小児科学教室同門会

楽聖   西本詮

西本詮教授退官記念業績集   岡大脳神経外科教室

がん末期医療に関するケアのマニュアル   厚生省・日本医師会

岡山県腎臓バンクだより
岡山県臓器バンクだより
岡山県医師会報
岡山市医師会報

川崎医療福祉大学創立10年誌   川崎学園

川崎医療福祉大学十二年   江草安彦

花咲きぬ   江草安彦

岡山大学医学部百年史   百年史編集委員会

岡山医学同窓会報   岡山医学同窓会

岡山県医師会史
岡山県医師会50年の軌跡   岡山県医師会

岡山県歴史人物事典   山陽新聞社
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2006年09月20日 更新)

タグ: 精神疾患

カテゴリー

ページトップへ

ページトップへ