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第8回 岡山済生会総合病院長 大和人士 済生丸方式 予防医学 検診で展開

予防医学に取り組んだ大和医師

 昭和三十七(一九六二)年十月、巡回検診船済生丸は、岡山、香川、広島、愛媛の四県で活動を始めた。総トン数七五トン、幅五メートル、長さ二十メートル、船内に診察室、検査室、胸部、胃レントゲン撮影装置を備え、心電計、尿比重計、検眼鏡、肺活量計などを搭載し、動く病院と言われた。

 実はこの済生丸建造を提案したのは岡山済生会病院の大和人士院長だった。昭和二十九(一九五四)年、内科医だった三木行治岡山県知事は保健船・青い鳥号、一九トンを就航させた。ポータブルのレントゲン撮影装置と検体を収納する冷蔵庫があり、大和はこれを利用して笠岡諸島などで結核検診、トラコーマの学童検診、島民の健康教育を行っていた。

 それ以前は漁船や笠岡市有船で無医島を訪れていた。この体験から、大和は瀬戸内の島々では交通の不便から医療の恩恵を受けられない島民が多いことを知り、青い鳥号を充実させ、本格的なレントゲン撮影装置と成人病の検査機能を持った診療船の必要性を感じていた。

 明治天皇の済生勅語で医療の光のあたらない人々へ「施薬救療」を実践してきた済生会本部が大和の提案を受け入れ、五十周年記念事業として建造、就航した。

 岡山県内では備前市の鹿久居島、頭島、岡山市の犬島、笠岡市の高島、白石島、北木島、真鍋島など十三の島々が対象になった。最初の年は投薬、注射などの一般診療が中心だった。患者もそれを求めた。しかし、それは対症療法であり、病気を治すには程遠いものだった。大和は考えた。「検診データを提供し食事、生活環境改善などの公衆衛生教育をし、患者が自分で治す方へ導こう」。治療医学から予防医学へ重点を移した。

 二年目から消化器検診を部分的に始め、四年目からは全島で実施。心臓、肺などの循環器検診、糖尿病検診、貧血検診、婦人科検診、耳鼻科検診なども加えた。

 大和は済生丸の検診活動に医療ソーシャルワーカーを登用した。家庭訪問して検診の呼びかけ、検診後の事務処理、愛育委員、保健婦との連携、夜間の島民の健康教育、意識調査など幅広く推進役を果たした。それまでのように時々、島に来て投薬、注射してすませる場当たり的診療から、患者自ら継続的に健康管理する体制を確立、済生丸方式と言われる検診による予防医学が展開されるようになった。

 済生丸の活動を通して大和は「瀬戸内海医学」を考えるようになる。大小約六百の島々に約二十万人の人々が暮らす一つの地域社会で過労と低栄養に伴う問題、島の産業による病気など社会、経済的条件がどう医学的問題に影響しているか、研究する。長野県の佐久総合病院の若月俊一医師の提唱した農村医学に並ぶ取り組みだった。

 昭和四十七年、済生丸十年の仕事ぶりを著書「離島の医学 海をわたる病院」(NHKブックス)にまとめ、大きな反響を呼んだ。「多島美の瀬戸内海の島々を日本の楽園にするためこれからも努力したい」と結んだ。

 昭和五十(一九七五)年、病院に予防医学部を発足させた。医師、保健師、事務員を配置。岡山県西粟倉村が無医村になると、大和は交代で診療に出かけた。五年後、タイのカンボジア難民キャンプで救援医療を行い、現地で六十四歳の誕生日を迎えた。六十七歳で名誉院長になるまで予防医学、社会医学の道を歩んだ。

 洋書の丸善で一番の得意先と言われた読書家。新任の医師には辞令とともに緒方洪庵の「扶氏医戒の略」を手渡した。同病院常務理事室に大和が愛用した木机が残る。「済生精神そのものの人でした。その遺志を忘れないよう今、私が使っています」と岩本一寿常務理事。

 平成三(一九九一)年二月、七十四歳で死去。

 (おわり、敬称略)


参考文献

神経解剖学者 上坂熊勝 小田〓二
神経解剖学者上坂熊勝に関する史料 寺畑喜朔
山陽新報
岡山県歴史人物辞典
岡山医学同窓会報
岡山大学医学部百年史
社会福祉法人岡山博愛会100年史
みわざのあと
信仰希望愛
岡山県の生んだ四人の社会事業家
私なき献身 三木行治の生涯
太陽と緑と空間 三木行治随筆集
岡山県医師会史
胆汁酸の化学と生理
俯讀餘香
没後50周年清水多栄先生
杏雲堂病院百年史
診療50年の体験
佐々木研究所五十年史
日本腎臓学会誌
消化管癌手術アトラス
日医ニュース
岡山県医師会報
がん研究会七十五年史
胃癌取扱い規約
岡大第一外科教室における胃癌記録方式
MEDIC86年1月号
新見教授退官記念研究業績目録
平沢興
第七十四回授賞審査要旨
大和先生を偲んで
岡山済生会総合病院四十年史
離島の社会医学

(注)〓は「日」の右に「告」

写真
三木行治  私なき献身
清水多栄  俯讀餘香
上坂熊勝  岡山県歴史人物辞典
      神経解剖学者上坂熊勝に関する史料
佐々廉平  杏雲堂病院
梶谷〓   髙木國夫
新見嘉兵衛 新見嘉兵衛

(注)〓は「環」の「王」が「金」
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2007年06月15日 更新)

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