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第1部 さまよう患者 (1) がん難民  「最後の選択」で岡山へ

闘病中の三木さんが残したメモ。状態が悪くなっても希望を持ち、懸命に生きようとしていた=岡山市内のステーキ店

元気だったころの三木さんと記念写真に収まる黛さん(左)。病気と闘う兄を家族の一員として支え続けた=2002年8月

 <もう死んだほうがらくかな…と思うのですが、がんばります>

 JR岡山駅(岡山市北区駅元町)に近いステーキ店。昨年5月7日の夜、いつもの壁際のテーブル席で作曲家の三木たかしさん=当時(64)=は帰り際、メモ帳を取り出し、ペンを走らせた。

 「今度は自分のCDを持って来るから」。紙片をおかみさんに渡すと、かすれ声で言い、ゆっくり席を立った。

 1カ月前に初めて来店。「がんの治療を受けるため岡山へ来た。体力をつけないと」と、夫婦でほぼ1週間おきに通った。あの夜はすき焼きを2人で1人前とった。それでも残して帰った。

 容体が急変したのは4日後だ。滞在先の同市のホテルから救急車で病院に運ばれ、そのまま亡くなった。

 「津軽海峡・冬景色」「時の流れに身をまかせ」…。数々の名曲を送り出したヒットメーカーは、なぜ住まいのある東京を離れ、岡山で治療を受けることになったのか。

  ~

 東京・渋谷のホテル喫茶室。師走の寒風にコートの襟を立てて来た歌手の黛ジュンさんは「今も天気予報を見るたび、岡山の気温は何度かなって確かめちゃう」と語り始めた。

 三木さんの三つ違いの妹。ともに10代で歌手を目指した。修業途中で作曲の才能を見いだされた兄はその後、ポップスから演歌までこなす超売れっ子に。黛さんも「天使の誘惑」で日本レコード大賞をとるなどスター街道を走った。

 「音楽には厳しい兄でした」。レッスンで納得いくまで何度も歌い直しさせられた。でも、テレビに出演すると「見たよ」と電話が入り、会うときには黛さんがプレゼントした時計を必ずつけて来る気遣いをみせた。「ジュン、体に気を付けて」。メールには優しい言葉がいつも添えてあった。

 兄の病気を知ったのは06年6月だ。「ぼくは下 咽頭 ( いんとう ) がんなんだ」。食事に誘われた席で突然言われた。翌月、のどを手術。声帯を半分失った。年末に肺転移が見つかり、放射線の一種の重粒子線治療を受けたが、完治しなかった。

 「もう治療の手だてがありません」。08年11月、主治医から告げられた。義姉から電話で聞いた黛さんは泣き崩れた。

 「だけど、兄は最後まで望みを捨てなかったんです」

 知人の紹介で治療の場を岡山に求めた。余命宣告直後と亡くなる前の2回、1カ月ずつ滞在した。ホテルから医療機関に通い、標準的な治療法でない種類の抗がん剤に望みを託した。

 岡山へ見舞いに来た黛さんに三木さんはこう言った。

 「最後の選択として岡山を選んだ。これしか残された道はないんだよ」

  ~

 納得できる治療を求め病院を転々とする「がん難民」。民間研究機関の日本医療政策機構は06年、「医師の治療説明に不満足、または納得できる治療方針を選択できなかった患者」と規定。がん患者の53%、全国約68万人に上ると推計した。

 国は07年、こうした状況をなくそうとがん対策基本法を施行。全国的な治療水準の向上をうたった。

 だが、「がん難民は後を絶たない。医師は診療に追われ、患者と向き合う余裕がない」と海老原敏・国立がんセンター東病院(千葉県柏市)名誉院長。同病院長を退任後、東京でがん相談専門の診療所を運営、三木さんも診察した。「どうしても(岡山へ)行きたい、と言ってね…」

  ~

 「残される家族のことを心配していた。そのために治療を受けるんだという思いが、兄を支えたんでしょう」。黛さんは言う。

 三木さんはのどの手術後、食事がしづらく、20キロ以上やせ体重は40キロ台に激減。最後に新幹線で岡山へ向かう際は足がむくんで歩けなくなり、何度も休みながら移動した。

 「そこまでしなくてもと言われるかもしれない。でも、希望する治療ができ、本人は本当に満足していたと思います」

 ステーキ店のメモはこう結ばれている。

 <これをえんによろしくお願いします>

 本人はまだまだ病と闘うつもりだった。

     ◇

 超高齢社会を迎え膨らむ医療需要。地域で進む深刻な医療崩壊。将来への安心が揺らぐ中、患者と医療の関係がいま問われている。まず、国民の2人に1人が一度は患うがん治療の現場から探る。


ズーム

 がん対策基本法 2007年4月施行。住んでいる地域にかかわらず適切な医療を受けられるよう、医師の育成や医療機関の整備などをうたっている。同年6月に閣議決定された国の「がん対策推進基本計画」は放射線、化学療法の推進や苦痛を癒やす緩和ケアの充実を重点課題に、10年以内に75歳未満のがん死亡率を20%減らすことを盛り込んだ。都道府県にも地域の実情に応じた計画の策定を義務付けた。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年01月31日 更新)

タグ: がん男性

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