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8 ドナー希望 両親の申し出拒む

毎週開かれる岡山大肝移植チームのカンファレンス。症例ごとにドナーの問題を含めて詳細に検討される

 「移植を考えてみませんか?」と勧められたら、一番悩むことは何だろうか。失敗した場合の「死」に対する覚悟、痛みや不自由な療養生活への不安、高額になるであろう医療費の工面、移植臓器を提供してくれるドナーの確保…。いずれも大変な問題だ。

 岡山労災病院(岡山市南区築港緑町)で私の主治医だった谷岡洋亮医師は2007年8月8日の入院の2日後、「肝移植も視野に入れるべきである」と所見を残している。

 「まだ比較的若い(当時44歳)のに、かなり病状が進行している。移植という選択肢があることは、話しておかないといけないと思った」と谷岡医師は振り返る。

 肝硬変・劇症肝炎患者に対する生体肝移植の保険適用は15歳以下に限定されていたが、04年、年齢制限が撤廃された。成人患者を診ている谷岡医師も、移植を頭に置いておかなければ、と考えるようになったそうである。

 ほとんどの肝臓病患者は、まず内科を受診する。移植という選択肢を提示してもらえるかどうか、内科医の果たす役割は大きい。

 私自身にはっきりとした余命告知はなかったが、両親は「1年先の保証はない」と言われたようである。自分の身はどうなろうとも、逆縁で子どもを失いたくない、と 一縷 ( いちる ) の希望に取りすがった。

 「私は正人と同じ血液型(A型)。今は健康でお酒も飲まないし、私の肝臓をあげる」。細身の母は実年齢より若く見られるが、すでに68歳。何も相談しないうちに、涙目で思い詰めている。

 「岡山大がだめだったら、ほかの病院にお願いに行こう。外国でもいい」。71歳になる父は、岡山大病院の適応判定も定まらないうちに、先走って考えている。

 生体肝移植は、天から授かった一つの肝臓を2人で分かち合う医療だ。健康といっても、高齢者である両親の肝臓を大きく切除すれば、十分に回復できるかどうか分からない。

 それでも、と言葉を継ごうとする両親に、私は「かりそめにもドナーを危険にさらすわけにはいかない。万が一の事態があれば、移植した病院だけでなく、全国に影響するかもしれない」と、突き放すように言い募ってしまった。

 だれよりもわが子がいとおしいという気持ちは、痛いほど身にしみる。だが因果な職業に携わっている息子は、生体ドナーの事故がどんな見出しをつけて報じられるか、ありありと脳裏に浮かんでしまうのである。

 もちろん、移植を手がける施設はそれぞれ、年齢やレシピエントとの関係など、ドナーになるための要件を定めている。

 もし一時的にでも移植が止まってしまえば、待機している何人ものレシピエントの命が失われてしまうだろう。それだけは避けなければならない。

メモ

 生体肝ドナーの事故 日本では2002年8月に京都大病院で提供手術を受けた40代女性が翌年5月に死亡した事例、05年11月、群馬大病院で手術を受けた50代女性に両下肢まひの後遺症が生じた事例が明らかになっている。それぞれ複雑な背景があり、問題点を検証している。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年06月01日 更新)

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