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(10)「人生会議」―誰もが人生の最期まで尊厳が保障されるために― 倉敷スイートタウン理事長、日本医師会常任理事 江澤和彦

江澤和彦理事長

<「人生の最終段階における医療・ケア」の選択>

 わが国の2018年死亡者の推計数は136万9千人であり、2040年に年間死亡者数が166万人のピークを迎えます。死は最期の真実の瞬間ですが、亡くなるまでいかに自分らしく、自分の思いにはせて人生を送り、誰もが人生の最期まで尊厳が保障されることが極めて重要です。「人生をどう過ごしたいか」や「どういう医療や介護を受けたいか」については、自分自身のみが選択できることであり、医療・介護従事者には、本人の願いをかなえるため、できる限りサポートする役割が課せられています。

 厚生労働省は「終末期医療」という表現は、一般的に余命幾ばくもないと誤解され、本人の視点で表現した場合にふさわしくないと判断し、「人生の最終段階における医療」へ表記を改めています。18年3月の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」で改めて示されました。

 意思表示ができなくなる可能性がある場合には、その前に本人との話し合いが繰り返し行われることや、自らの意思を推定する者を決めておくことが重要である旨がガイドラインに追記修正されています。

<「人生会議」とは?>

 「アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)」をご存じでしょうか? 頭文字をとって、通称「ACP」と呼ばれます。ACPは「人生の最終段階の治療やケアについて、ご本人・ご家族と医療・介護従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス」と定義されます。一言で表現すると「事前の話し合い」です。本人の意思を最大限に尊重し、医療・ケアチームと話し合って合意を形成し、その話し合いのプロセスを重視すると共に、話し合いから得られた結果を尊重します。

 国を挙げて、ACPの普及・啓発を推進しており、厚生労働省のホームページには「ACPの普及・啓発のためのリーフレット」が掲載されています。また「アドバンス・ケア・プランニング:ACP」という表記が、一般的にはなじみにくいため、昨年11月に、ACPの愛称が「人生会議」と決まり、人生の最終段階における医療・ケアについて考える日として、11月30日が「人生会議の日」と定められました。

<最も尊重される本人の意思>

 「人生会議」においては、医療・介護の専門職が本人や家族に対して説明する際に、全てを説明することよりも本人が気掛かりとなっている問題点に対して、合意を形成するための情報提供を行い、提供された情報について本人や家族が理解を深めているかどうかについて確認します。

 一方で、本人が医療や介護に対して詳しくないのと同様に、医療・介護専門職は初めて出会う本人の人生のことを全く知らないので、自分自身の専門家である本人から最善の選択にかなうための情報を教えてもらうことが医療・介護専門職には不可欠となります。

 従って、血液検査や画像所見が改善することよりも、人生の局面においては、本人にとっては、それらよりも価値観の高いことが存在し得るものです。また、体も心も苦痛の少ない状態でなければ、意思決定は難しくなるため、苦痛を取り除く緩和ケアは大切です。

 「本人の意思の確認ができる場合」に、本人の価値観や目標、意向、気掛かりなことに加え「してほしいこと」のみならず、「してほしくないこと」も伺います。「本人の意思が確認できない場合」には、本人による事前の文書指示や「人生会議」の有無について、家族やかかりつけ医等に確認します。

<「尊厳の保障」の実現へ向けて>

 医療・ケアチームで意思決定を判断するプロセスでは、チームの全職種が「本人の幸せ」を願い、家族に寄り添っていることが大切です。本人の意思決定を周囲の皆で支えており、本人の価値観、人生観に寄り添い共に考える姿勢が重要なのです。

 たとえ、今は寝たきりや意識障害であっても、誰しも普通の暮らしをしていたお元気な頃があり、仕事に精を出したり、家族との団らんを過ごしたりされていたはずです。私たちは、そこに思いをはせながら寄り添うことが肝要であり、心が通じ合うことで、治療や介護の効果も増大します。

 急性期から慢性期、介護に至るまで医療、介護の究極のゴールは、その人らしい暮らしの実現や穏やかな大往生を創造することにあります。お一人一人の人生最期までの「尊厳の保障」、これこそが最大の使命であると確信しています。この度の執筆が皆さまに少しでもお役に立てれば幸いです。

     ◇

 倉敷スイートタウン(086―463―7111)

 えざわ・かずひこ 岡山大安寺高校、日本医科大学卒。岡山大学大学院医学研究科修了。同大学病院、倉敷広済病院を経て、1996年に医療法人和香会(倉敷市)、医療法人博愛会(山口県宇部市)理事長。2002年から社会福祉法人優和会(同)理事長兼務。全国老人保健施設協会常務理事なども務める。日本リウマチ学会リウマチ指導医・専門医、労働衛生コンサルタント(保健衛生)。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年04月16日 更新)

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