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14 待機の日々 同僚に手術記録を依頼

鞆の浦ではひな祭りを開催中。公開された旧家を巡る観光客が引きも切らず、ドナーになることを決めた弟も見入っていた=昨年3月1日

 生体移植を前提に話を進めてきたが、脳死移植という道はなかったのだろうか。その場合、日本臓器移植ネットワークに登録し、ドナー出現を待つことになるが、医学的緊急度つまりは予測余命、さらにドナーと血液型が一致するかどうかによって点数をつけられ、優先順が決まる。

 本人が生前に拒否の意思を示していなければ、家族の同意で臓器提供できるとする臓器移植法改正案が13日、参院で可決、成立したが、そう簡単にドナー不足が解消されるとは考えられない。ネットワークによると、肝臓の場合、254人(6月1日現在)の登録者に対し、昨年の脳死移植は13件、今年に入って5件、1999年以来の累計でも63件(同)にすぎない。

 脳死移植までの平均待機期間は491日(2007年末時点)。約1年4カ月に及ぶ。累計893人の登録者のうち333人は待機中に力尽きて亡くなった(6月1日現在)。死地をさまよいながら、5年以上待ち続けている人が20人もいる。

 実際、岡山大病院も常に数人の肝臓移植登録者を抱えているのだが、いまだ脳死移植は実施されていない(肺や腎臓では実施済み)。もちろんドナーが出るたび、全国から公平に選考されているはずだが、絶望的にドナーが少ないのが現実だ。

 私のように余命1年以上と判定される状態では、脳死移植が実現する可能性はゼロに近い。危険な肝性脳症や 黄疸 ( おうだん ) を伴うようになれば、待機リストの上位に並ぶかもしれないが、それだけ手術のリスクも高くなる。

 ドナー要件に適合する家族がいないなど、さまざまな困難のために生体移植を断念せざるを得ない人が、脳死待機を登録している。ドナー出現の連絡を受ける携帯電話を枕元に置き、いつでも病院へ駆けつけられるよう身辺整理して待つ1年4カ月。病状が悪化するほどに移植が近づくという、やりきれないジレンマにさいなまれるに違いない。

 ドナーが確保されている生体移植では、つらさは比べるべくもないが、2カ月足らず、私も 悶々 ( もんもん ) とした待機の日々を過ごした。

 手術を前にした昨年3月初旬、家族4人で福山市・鞆の浦へ温泉旅行に出かけた。福禅寺対潮楼から望むうららかな春の海は、17年前、福山支社で勤務していたころと変わるところがない。

 生きて再び、万葉集の時代から愛でられた悠久の景観を拝めるだろうか。「幸いにして新しい命を授かったなら、何か一つ、自分にできることをやりたい」と思い始めた。

 社会部の井上光悦記者、写真映像部の池上勝哉記者の手を煩わせ、手術室での一部始終をペンとカメラで記録してもらうことにした。移植チームのチーフ八木孝仁医師にも、快く了承していただいた。こうして拙文をつづることができるのは、皆さんのおかげである。


メモ 

 日本臓器移植ネットワーク 1997年に施行された臓器移植法により、公平かつ適正な臓器のあっせん業務を行う機関として、唯一認可されている社団法人。東京・港区に本部を置き、全国を三つの支部に分け、移植コーディネーターが24時間態勢で対応している。国庫補助金、特別会計繰入金のほか、会費やレシピエントの登録料、一般寄付金によって運営されている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年07月20日 更新)

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