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15 敵は身中にあり 頭から足先まで検査

右側が岡山大病院の入院棟。手前には「西病棟」と呼ばれていた外科系患者らの入院棟があったが、新棟の完成により取り壊された

 手術を2週間後に控えた昨年3月4日、岡山大病院(岡山市北区鹿田町)へ入院した。さっそく、採血、胸部エックス線、心電図検査。翌日は、頭部MRI(磁気共鳴画像撮影)、CT(コンピューター断層撮影)、耳鼻 咽喉 ( いんこう ) 科受診。6日、採血、整形外科受診、腹水 穿刺 ( せんし ) 2・5リットル…。

 待機中も2週間ごとに岡山労災病院(岡山市南区築港緑町)へ1泊入院し、腹水穿刺・再静注を繰り返していたので、とうとう通算11回目。「これで最後。痛~い穿刺ともさようなら」と晴れ晴れした気持ちになったのだが、腹水はそんなに甘くない。手術後に思い知らされる。

 検査はまだまだ続く。7日、 脊椎 ( せきつい ) MRI、耳鼻咽喉科、皮膚科受診、大腸内視鏡検査。土日を挟んで10日、整形外科、歯科受診。11日、胃カメラ、耳鼻咽喉科(ネブライザー吸入)。12日、採血、呼吸機能検査、ネブライザー吸入、腹部エコー(超音波)検査…。

 肝不全状態の大病人をむち打つ検査の嵐。ただでさえ腹水でおなかが張ってるのに、大腸内視鏡でぐりぐりされると苦しいじゃないですか。< 汝等 ( なんじら ) こゝに入るもの一切の望みを 棄 ( す ) てよ>。「地獄の門」ならぬ「移植の門」は厳しいのです。

 レモン風味の「ムーベン」は move ( ムーブ ) (動かす)便から名付けられたそうだが、2リットルを飲み干してトイレに駆け込むのも初体験。ピンク色の大腸ポリープがいくつかあったが、今のところがん化する恐れはなさそう、とのご託宣を賜った。

 全身麻酔で手術に臨む患者は、心電図、呼吸機能、エックス線、血液・尿検査などが必須だが、移植レシピエントは頭のてっぺんから足のつま先まで、全身くまなく調べられる。それはひとえに「移植後は何が起こるか分からない」から。災いの芽を未然に見つけ、できる限り摘んでおかなければならない。

 虫歯痕の 膿 ( うみ ) を除去するため奥歯2本を抜歯、軽い 蓄膿 ( ちくのう ) 症(副 鼻腔 ( びくう ) 炎)の所見でネブライザー吸入、水虫にはラミシール(テルビナフィン塩酸塩) 軟膏 ( なんこう ) ―。それもこれも、ありふれた歯周病菌や 白癬 ( はくせん ) 菌(水虫菌)が怖いからだ。

 私の場合、何より警戒すべきは「硬膜外 膿瘍 ( のうよう ) 」の既往。ブドウ球菌に体内の関門を破られ、 脊髄 ( せきずい ) まで侵入を許したという過去は看過できない。MRIで見る限り再発の兆候はないが、細胞レベルではどこかに菌が生き残っていると考えておかなければならない。

 強力な免疫抑制を行う術後は、 鎧兜 ( よろいかぶと ) を脱ぎ捨て、素手で細菌やウイルスの大群に立ち向かわねばならない。感染症は外界から襲ってくるものとばかり考えがちだが、多くの場合、敵は身中にあり。 Know ( ノウ )   Your ( ユア )   Enemy ( エナミー ) (汝の敵を知れ=グリーン・デイのヒット曲)である。眠っているふりをしていた者どもが、防備が手薄になったと見るや、次々に牙をむくのだ。

 「いろんな抗生剤もあるが、最後に頼るのはあなた自身の体力しかない。しっかり力をつけて頑張ってください」。整形外科ドクターの励ましは 正鵠 ( せいこく ) を射ていた。


メモ

 地獄の門 イタリアの詩人ダンテ(1265―1321年)の叙事詩「神曲」地獄第3曲の冒頭に登場する。ダンテの地獄は漏斗(ろうと)状の大きな穴で、入り口の門の頂に<汝等…>(山川丙三郎訳、岩波文庫)と黒く記された言葉がかかっているのだという。国立西洋美術館(東京・上野)にはロダンが「神曲」に想を得て制作したブロンズ像「地獄の門」が展示されている。「考える人」はその群像の一部。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年07月27日 更新)

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