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19 グラフト 命つなぐ339グラムの左葉

バックテーブルでグラフトの灌流を準備する保田裕子さん。ドナー、レシピエント双方の容態を見届けて家族への説明を果たすまで、手術日の仕事は終わらない

生体肝移植手術(図)

 昨年3月18日午後2時58分、弟の体から肝臓グラフトが無事、摘出された。

 グラフトは英語で「接ぎ木」を意味する。命をつないでくれる移植片は、中央でくびれている肝臓の左側、左葉と呼ばれる部分。339グラムあり、CT(コンピューター断層撮影)画像で計算していた414グラムより2割ほど小さかったのだが、オーブンで丸焼きにしたような私の病肝(連載第10回掲載写真)とはまるで違う。ゼリーのようにプルンプルン。「生あるもの」を象徴するピンク色に輝いている。

 肝臓には、栄養血管の門脈と、主に酸素を供給する動脈が、それぞれ左右に枝分かれして流れ込む。網の目のように張り巡らされた静脈と胆管も、左右でそれぞれ合流して出ていく。生体肝移植はドナーの右葉か左葉のいずれかを脈管の分枝とともに切り分け、レシピエントの脈管とつなぎ合わせる。

 つくづく不思議な気がする。肝臓は再生する臓器だが、それは手術前と同じ形に復元するという意味ではない。移植しやすいように設計したわけでもなかろうに、分割しても機能するのである。

 ドナーの残された側の肝臓の細胞はどんどん増殖し、数週間のうちに重さはほぼ元に戻る(1000―1500グラム前後)。だが、片側のまま再生する。だから、知らない医師が現在の弟のCT画像を見れば「あれ? 右葉しかないですね」と言うだろう。

 レシピエントの私はいつまでも左葉の形だ。解剖学の教科書の図と比べると、位置もかなり変わっている。

 肝臓のくびれたウエストはもう取り戻せない。ドナーは自分が病気になったわけでもないのに、大切な臓器を切られ、その痕跡は生涯ぬぐえない。

 医師のメスは治療のためにこそ使われるべきもの。健康な臓器を切り裂くことは、根源的に医の倫理にもとる行為だ。手術は成功してほしいけれど、だれも喜んでやってはいない。「苦悩の共有」―その意味をいま一度かみしめておこう。

 グラフトは第4手術室の「バックテーブル」へ運ばれる。生け作り状態で、血流を絶たれた瞬間から傷んでいくため、ここで4度に冷却し、UW液という保存液につけておく。

 1980年代、米国ウィスコンシン大が開発したUW液により、グラフト保存時間の限界が飛躍的に延びた。肝臓は12時間程度耐えられるようになり、遠隔地の脳死ドナーから提供を受け、グラフトを搬送して移植することが可能になった。

 生体移植は通常、ドナーとレシピエントが隣り合わせ。グラフトの血流再開までの時間を極力短くできるが、それでもUW液の 灌流 ( かんりゅう ) は欠かせない。

 移植コーディネーター保田裕子さんも処置に加わってくれた。もともとバリバリの手術室ナースだったから、何十人ものグラフトと対面してきている。

 今年小学校へ入学した 璃子 ( りこ ) さんの母親でもある。―璃子さん、移植手術の晩は家に帰ってこられないけれど、お母さんは頑張ってます。こうして何人もの患者の命を救ってるんです。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年09月07日 更新)

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