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公開講座「災害と医療」 健康フェスタinOkayama2019

透析患者への連絡など被災対応に奔走した日々を振り返ったまび記念病院の村上和春理事長

災害に対応するため日頃からの救急医療・地域医療の充実を説いた中尾篤典岡山大学教授

 昨年7月の西日本豪雨は私たちの「健康」にも深刻な危機を及ぼした。岡山大学を中心とする医師や医療関係者が最新の健康情報を紹介する「健康フェスタ in Okayama 2019」(岡山大学、山陽新聞社など共催)が5、6の2日間、岡山市で開かれ、公開講座のテーマの一つとして「災害と医療」も取り上げられた。浸水で機能停止した倉敷市真備町地区の病院の復旧や、被災時の命綱となる救急医療の在り方を巡る講演内容を報告する。

まび記念病院村上和春理事長 ネットワークが重要
中尾篤典岡山大学教授 普段から救急充実を


 真備町地区の中核医療機関となっているまび記念病院(真備町川辺)は高さ3・3メートルまで浸水し、1階部分が完全に水没した。講演した村上和春理事長は今年2月に全面復旧するまでの道のりを振り返り、「一つの医療機関で大災害に立ち向かうには力が足りない。行政や地域とのネットワークが重要だ」と話した。

■手作業で患者リスト■

 急を要したのは、外来を含め約100人いる透析患者への対応だった。週3回の透析が滞ると命に関わる。他の医療機関に透析受け入れを依頼しなければならないが、停電したため電子カルテも使えない。「記憶を頼りに手作業で患者のリストを作成し、スマホで連絡を取った」と村上理事長は説明した。

 患者は岡山県内18の医療機関に分散して透析を続けた。受け入れ先には同病院のスタッフが出向き、見知った顔を見ながら安心して受診できるように配慮した。患者が持っていたお薬手帳などアナログの情報が役立ったという。

 病院の周囲で水道や電気が復旧しても、院内での診療再開にはさらに時間がかかった。診療に使う医療機器は大量の電気が必要だが、1階部分に設置していた高圧受電設備と非常用電源が水没し、復旧の足を引っ張っていた。

 電子カルテサーバーなどは地区外にある関連診療所に移転し、急場をしのいだ。受電設備を仮復旧し、透析を再開したのは10月。現在は高さ4メートルの架台に高圧受電設備を設置し、昨年並みの浸水にも耐えられるようにした。

■災害高血圧に注意■

 被災後、村上理事長は特に糖尿病患者の血圧変動に注意して診察している。治療中断がなければ、血糖値はほぼ変化がなかった。一方、被災2カ月後の時点で、患者168人の最高血圧は平均11mmHg上昇した。高血圧の治療を受けていても上がっていた。

 強いストレスや環境の変化により、被災者は十分な睡眠が取れなくなったり、身体活動が低下したりする。食塩感受性が高まり、血圧が上昇する症状は「災害高血圧」と呼ばれる。

 村上理事長は「災害時こそ良質な眠りが必要」と指摘した。減塩の徹底も推奨されているが、昨年のような猛暑の中では脱水症状が懸念される。「その時によって減塩の程度を変えないといけないと思う」と話していた。

■不適切な救急車利用■

 東日本大震災をきっかけに災害救急医療の現場に向き合い続けている中尾篤典岡山大学教授(救命救急・災害医学)は「災害に強い社会と医療をつくるには、普段から救急医療、地域医療を充実させなければならない」と強調した。

 中尾教授によると、医療でいう「災害」とは、「医師や看護師をはじめとする医療資源に対し、医療ニーズの方がはるかにオーバーした状態」を指す。その意味で、交通機関の大きな事故や大型連休などの際、医療機関の救急窓口がまひ状態になるのも災害だ。

 救急医療の崩壊を招く原因として、専門医志向と不適切な救急車の利用を挙げた。タクシー代わりに救急車を呼んで「専門医に診てほしい」と押しかける。当直医は「専門外ですから」と診察を断る。何にでも対応する救急医が圧倒的に不足している現状に、危機感をあらわにした。

■人生の最期考えて■

 人生の最期をどう迎えたいのか考えることも、救急医療と表裏一体の関係にある。岡山県の県民意識調査(2017年度)では、約58%の人ができるだけ自宅で最期を過ごしたいと答えているが、実際に自宅で亡くなったのは11%あまり。救急車で医療機関に運ばれる人が多いのが現実だ。

 救急車は医療処置を施すために呼ぶもの。中尾教授は、点滴や酸素マスクなどにつながれ、望まなかった姿になるのを見て後悔する家族を大勢見てきた。

 「本人が延命処置はしてほしくないと思っていても、家族がひっくり返してしまう。もしもの時のことをちゃんと話し合い、家族はそれをかなえてもらいたい」。救急医療を守るため、中尾教授は市民みんなが意識を変えるよう呼び掛けた。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年05月20日 更新)

タグ: 岡山大学病院

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