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25 クリスマスの誓い がん再発「後悔ない」

純子さんの趣味は日本画。公男さんが毎年楽しみにしていた地元の神社の祭事を描いた「浦安の舞」(50号)は今年の岡山県展で高く評価され、県知事賞に輝いた

 デンバーシャント装着、ERCP(内視鏡的逆行性胆道 膵管 ( すいかん ) 造影)、肝静脈のバルーン(風船)カテーテル拡張―。河本公男さんは生体肝移植後、必死に合併症と闘っていた。後者二つは私も何度も体験することになる。

 昨年10月中旬、岡山大病院の肝胆膵外科入院棟で、カテーテル治療の鎮静剤から覚めた河本さんは、獅子舞も登場する地元の秋祭りを楽しそうに語ってくれた。ベッドから妻純子さん(56)に電話し、帰省する家族に振る舞う料理を念入りに指示していた。

 きっと、あすがある。希望を持ち、つらい治療に耐えていた。

 しかし、病魔は最後まで河本さんを解放しようとしなかった。11月7日、非情な診断が告知された。純子さんから切り分けた肝臓にがんが再発。至る所に散らばり、今度は手の施しようがない。

 まさか…。移植前のインフォームドコンセントで、肝細胞がんを抱えているレシピエントには、再発の危険性があることが念押しされる。もし再発すれば、免疫抑制を行っているため、強い抗がん剤や放射線治療を試みることが難しい。

 C型肝炎が原疾患だった河本さんの場合、移植後も高い確率でウイルスの持続感染を避けられない。がんが再発しないまでも、5年、10年先に再び慢性肝炎、肝硬変へと進んでいく可能性を覚悟しておかねばならない。

 命がけで挑んでも、最初から執行猶予付きの身だったのかもしれないのだ。それを承知して選択せねばならない。「移植の門」はどこまでも厳しい。

 もうカウントダウンを止められない。12月、夫婦は長湯温泉(大分県)や杖立温泉(熊本県)を巡り、水入らずの時間を共有した。

 今年1月19日、9回目の入院。中心静脈栄養(IVH)や人工呼吸器による延命措置は断った。同27日夜、駆けつけた家族に囲まれ、公男さんは旅立つ。隣の病室にいた私とは、ついに会話できなかった。享年60歳。「子守歌を歌っているかのような」安らかな顔だったという。

 移植後の「2度目の人生」は1年4カ月あまりだった。純子さんは今、「告知からの一日一日がとても長かったのに、お葬式からはあっという間。頭では分かっていても、なんと別れが早かったことか」と振り返る。

 ベッドでノートパソコンのキーボードをたたき、懸命につづっていたはずの治療経過や闘病記。「元気になったら読ませてください」とお願いしていたが、大半は見つからなかった。公男さんが自分で処分してしまったのだろうか。

 移植を選択しなかったら、どうなっていたのか。正直、分からない。でも、純子さんは「後悔はしていない」と断言する。それは昨年のクリスマス、公男さんから贈られた言葉を大切に胸に抱いているからだ。

 「来世はまた一緒になろうや」

メモ

 ERCP 膵臓や胆のう、胆管系の病気を診断するため、胃カメラよりやや太い内視鏡を口から十二指腸へ進め、造影剤を注入してエックス線撮影する。肝臓移植後は胆管が狭窄(きょうさく)したり、胆汁が漏れる場合があり、撮影と同時に、胆管の出口をバルーンカテーテルで広げたり、ビニールや金属製のステントチューブを挿入して流れを改善する。術後に急性膵炎を偶発する可能性があり、絶食して抗生剤を予防点滴する。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年10月19日 更新)

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