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29 コード人間 絡まり寝返り打てず

手術を終えICUに搬送された直後の状態。枕の下にもシリンジポンプが三つ据えてある。右の棚のモニターに心電図、脈拍、血圧が常時表示されている

手術直後のチューブ類(図)

 で。

 アニメ「ヤッターマン」に登場する「おだてブタ」のような間投詞を発し、45歳を迎えた昨年3月20日、手術終了翌日の岡山大病院ICU(集中治療室)へ戻ろう。

 生まれ変わった私は、一夜にして「コード人間」になっていた。

 図にしてみた。鼻には酸素を送り込むカニューレと胃まで通じるレビンチューブ。首筋にCV(中心静脈カテーテル)。左右の腕に点滴の静脈ライン。採血検査、血圧測定のための手首の動脈ライン(Aライン)。指には呼吸状態を示すパルスオキシメーターの“洗濯挟み”もある。

 胸には心電図の電極パッド3枚が張り付けてある。ベンツマークに切開したおなかは腹帯とガーゼでぐるぐる巻いてあるのだが、肝臓を植え付けた右側に2本、左側にも1本のドレーン(排液管)チューブが差し込まれ、腹水を排出している。さらに胆管チューブも留置され、胆汁漏れを予防している。

 導尿チューブを挿入、丁字帯をあてがわれ、手術中から両足に弾性ストッキングを履かされたまま。 下腿 ( かたい ) にマッサージ器のエアバッグも巻いてあるので、ほとんど動かせない。術後のエコノミークラス症候群(静脈血栓 塞栓 ( そくせん ) 症)は怖い。遊離した血栓が肺まで流れると突然死につながる。

 いったい何本のコードにつながれているのやら。自分でも分からない。肝臓のある右体側を下にできないのだが、左へ反転しようにも、手にも足にもコードがぞろぞろ絡まってくる。これじゃあ寝返りも満足に打てない。

 血圧や心電図は24時間モニターされている。ちょっと異常値を示すと、キンコン、キンコンけたたましい。粘着式の電極パッドが外れただけで、チャイムにどやしつけられる。

 輸液ポンプやシリンジポンプも負けじとがなる。自然滴下では追いつかないほど急速に注入したり、一定の少量を持続して点滴する場合にポンプを使うが、写真を見ていただけば10台もつないであるのがお分かりだろう。

 チューブに気泡が入ったり、折れ曲がって点滴が止まると、ピー、ピー騒ぎ立てる。音だけでは、どいつが叫んでいるのか分かりゃしない。

 看護師さんも緊張するだろう。輸液バッグをつなぐにも、こんがらがったコードをほどいてちゃんと確認しないと、間違ったラインにつないでは大変だ。

 で。

 うつらうつらしていると、「どろろ」の主人公「百鬼丸」になったような気がしてきた。またまた手塚治虫先生の名作になぞらえて恐縮。48カ所の臓器や組織を欠損して生まれた百鬼丸は、こそ泥のどろろとともに戦国の世をさすらい、魔物を倒すたびに体の一部を奪い返してゆく。

 臓器移植は再生の物語だ。百鬼丸に比べ、私が失ったのは肝臓だけだが、取り戻す道のりは並大抵ではない。次々に襲いかかってくる 魑魅魍魎 ( ちみもうりょう ) とどうやって戦おうか。


メモ

 どろろ 原作は1967年から69年にかけ、少年漫画誌に連載。テレビアニメ(モノクロ)にもなり、後にシンセサイザー奏者として名をはせた冨田勲が音楽を担当し、主題歌を作曲した。2007年に実写映画化され、百鬼丸を妻夫木聡、どろろ(少年の外見だが実は少女)を柴咲コウが演じた。原作は室町末~戦国時代の設定だが、映画では架空の時代の物語になっている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年11月23日 更新)

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