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32 8100ミリリットル ICU脱出阻んだ腹水

移植手術を終えたばかりのころの内田ふみ野ちゃん。まだチューブがいっぱいで痛々しいが、カメラを向ける父伸一郎さんに懸命に手を伸ばしている

 自分では順調な方だろうと信じていたのに、術後1週間でのICU(集中治療室)脱出はならなかった。ひたひた、ひたひた、と漏れ続ける腹水に阻まれたのだ。

 1年近く腹水に苦しみ続け、金輪際ごめんこうむりたいと願っていたのに、敵はしぶとい。そう簡単に解放してもらえなかった。

 だれでも開腹手術後は多少の腹水を経験する。メスで臓器や血管を傷つけると、漏出した体液が腹水や浮腫(むくみ)となってたまる。血管が再吸収できるようになるまで、ドレーン(排液管)でおなかの外に出してやらねばならない。

 傷が癒えてくれば速やかに減るはずなのだが、私の場合は逆にぐんぐん増えていった。手術直後は日量3000―4000ミリリットル(これもかなりの量だが)だったものが、1週間後の昨年3月26日ごろには8100ミリリットルに達してしまった。

 平気な顔をしているのは本人ばかり。放っておけば脱水でたちまち命がない。よってじゃんじゃん、湯水のごとく点滴を注ぎ込む。

 「滴一滴」の速さではない。リンゲル液(ヴィーン)をポンプで毎時300ミリリットル×24時間=7200ミリリットル。血管を広げて心不全を防ぐハンプ、新鮮凍結 血漿 ( けっしょう ) (FFP)などの輸血バッグも所狭しとぶら下がっている。

 ICUのドクターたち(麻酔科 蘇生 ( そせい ) 科所属)は、これらの点滴を「追っかけ」と呼んでいた。排出された体液を補ってやらねばならない。看護師さんたちは、食事やお茶はもちろん、排尿バッグ、おむつの 排泄 ( はいせつ ) 物の水分量まで厳密に測定してくれている。

 レシピエントには乳児もいるが、家族面会は正午からと午後6時からの1時間ずつに限られている。手洗いし、マスク、ガウン、帽子を着用して入室。二言、三言交わすとすぐにさようならだ。

 ケースナンバー188、私の2日後に緊急手術を受けた内田ふみ野ちゃんは当時8カ月だった。ICUにいると大人でも 譫妄 ( せんもう ) にさいなまれ、余儀なく身体拘束されることがある。覚えてはいまいが、私の2つ隣のベッドに寝ていたふみ野ちゃんにとって、つらい2週間だったに違いない。

 胆道閉鎖症で1歳の誕生日を迎えられないかもしれないと診断され、ドナーになると決心した母いづみさん(32)は先に一般病棟に移ったが、背中が痛くて動けない。気が気でなかったことだろう。

 小さな体で必死に闘う子どもたちの様子をうかがい、私も気持ちを奮い立たせる。けれど、泣き叫ぶ声が漏れ聞こえてくると、とても眠れない。

 看護師さんはやさしい。一緒に「アンパンマンのマーチ」(作詞・やなせたかし、作曲・三木たかし)を歌ってくれる。

 あぁ…切なくってますます眠れない。

 ふみ野ちゃんは 黄疸 ( おうだん ) で真っ黒だった肌の色がうそのように白くなり、今はすくすく育っている。よかったね。アンパンマンのように、みんなの夢を守る人になってください。


メモ

 サードスペース 総体液は体重の約60%とされ、40%は細胞内にあり、血液の水分(血漿)を含む細胞外液が20%を占める。70キロの私の場合、細胞外液は14000ミリリットル程度(比重を1として)。手術などにより、体液が漏れて組織間にたまった状態をサードスペース(第三領域)と呼ぶことがある。肝臓がつくるタンパク質アルブミンは、浸透圧によって細胞外液の割合を調節している。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2009年12月21日 更新)

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