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39 最大のピンチ 腹水漏れ血管造影

血管造影など放射線科の検査・治療室が連なる岡山大病院中央診療棟1階。最新の医療機器が備えられ、常に予約で埋まっている

 また、あの、いやーな水音が響き始めた。

 ぎゅるぎゅる。

 何度も眠れない夜を過ごしたあの音…腹水が漏出してくるサインだ。2008年5月8日、術後50日間付き合った腹水ドレーン(排液管)を抜去すると、文字通り、目に見えておなかが膨れ始めた。

 まだ毎日2000ミリリットル近くの腹水がバッグにたまっていたのだから、当然のことだったのかもしれない。血管が再吸収して尿として排出してくれればよいのだが、そう都合よくはいかない。

 腎機能が心配なので、クレアチニンクリアランス(CCr)測定が始まった。「24時間尿をためてください」と言われた場合、たいていこの検査が目的だ。腎臓の糸球体が血液中の老廃物(クレアチニン)を 濾過 ( ろか ) し、 排泄 ( はいせつ ) する力を測っている。

 縁を切ったはずの利尿剤ラシックスの内服も再開された。腎臓に無理させたくないが、腹水がどんどんたまるのにも耐えられない。CCr値の推移を見守りながら、慎重な処方が続いた。

 血液検査もかなり厳しい値をたたき出していた。ベッドサイドに張った一覧表に、吉田龍一医師が毎日、値を手書きしてくれる。肝細胞が壊れていることを示すAST、ALTがじりじり上昇し、アルブミンは逆に低下傾向をたどっている。

 術後順調なレシピエントは退院できる時期なのだが、私は苦しんでいた。何が起きているのか。弟の健康な肝臓を切り分けてもらい、順調に再生していたはずなのに…わき腹の水音とともに不安ばかりがこみ上げる。

 肝移植チームのチーフ八木孝仁医師( 肝胆膵 ( かんたんすい ) 外科長)が怪しいとにらんだのは肝静脈だった。血管に直接細いカテーテルを挿入し、造影剤を注入してCT(コンピューター断層撮影)検査するよう指示した。

 「血管造影」と呼ばれる検査法。ここからは放射線科のドクターたちのグラウンドになる。いろいろ痛い検査も受けさせてもらったが、またまた未知の検査のお出ましだ。

 08年5月21日。カエルかタヌキと見まごうばかりに膨れたおなかを抱え、検査室に向かう。ソセアタ(ソセゴンとアタラックスPという鎮痛剤の略称)を注射され、頭がボーッとしてはいるが、眠らせてはもらえない。

 肝静脈の場合、太ももの付け根( 鼠径 ( そけい ) 部)を小さく切開し、 大腿 ( だいたい ) 静脈からカテーテルを進めていく。途中、何度も「はい、息を止めて」と命じられ、CT撮影する。

 局所麻酔の注射を何本も打たれてしびれているため、直接の痛みはないが、圧迫されたり、もぞもぞとなにやら挿入される感覚はもちろんある。まな板のような硬いベッド上で身動きできず、決して快適ではない。

 1時間…2時間近くたっただろうか。モニターを見つめる放射線科ドクターたちの表情は曇ったままだ。

 「おかしい…。肝静脈に到達できない。きょうは断念しよう」

 術後最大のピンチに見舞われていた。


メモ

 ASTとALT それぞれGOT、GPTとも略称される。ASTはアスパラギン酸、ALTはアラニンというアミノ酸の代謝にかかわる酵素を測っており、トランスアミナーゼと呼ばれる。どちらも健康な状態では主に肝臓内にあって血中濃度は低いが、肝細胞が壊れると血中に漏れ出し、検査値が基準を超えて上昇する。病気・病状によってAST、ALTの高低が異なり、重要な診断マーカーとなる。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年02月22日 更新)

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