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41 バルーンカテーテル 「血管ナビ」で患部へ

IVR治療室には操作室が付属し、リアルタイムでカテーテルが進んでいく血管の地図を描き出す=岡山大病院

DSA処理された治療中の筆者の肝静脈画像。中央で大きくねじれ狭窄した部分にカテーテルが挿入されている

 岡山大病院中央診療棟1階の血管造影・IVR室は、清澄なクラシックの調べに包まれていた。

 2008年5月23日午後3時。私は硬いベッドに身じろぎもできず横たわっていた。弦楽器に手術器具や検査装置が加わる特別編成のオーケストラが、たえなるシンフォニーを織りなしている。

 2日前の検査中は音楽に気づかなかった。きょうはいよいよ 崖 ( がけ ) っぷちの手術なのだが、まだ精神的に余裕があるのだろうか。

 この血管内手術(IVR=放射線診断技術の治療的応用)がうまくいかなければ、もう一度、開腹手術に踏み切らねばならないかもしれない。

 首筋にある 内頸 ( ないけい ) 静脈などの一部を採取し、肝静脈の 狭窄 ( きょうさく ) 部と置き換える自家血管移植。肝臓移植の術中に血管移植を行うことはあるが、移植後、すでに大きく再生したグラフト(移植片)内部の血管を取り換えるのは、極めて難度の高い手術になる。可能かどうかすら分からない。

 予後はミクロの「潜航艇」で血管に進入するIVRの成否にゆだねられた。まな板の上にある身としては、余裕どころか開き直るしかない状況だった。

 弟にもらったグラフトは元の肝臓の位置とは異なり、血管のつなぎ方も変わっている。移植患者のIVRは解剖学の教科書が役に立たない。夜道を手探りで進むようなもの。放射線という“カンテラ”の明かりはあるが、培った経験に頼る部分が大きいに違いない。

 局所麻酔の後、 股 ( また ) の表皮に近い 大腿 ( だいたい ) 静脈を 穿刺 ( せんし ) 。シースと呼ばれる筒を打ち込む。ここが出入り口になり、さまざまな細いチューブ状のカテーテルが血管の奥深くへ、治療の旅に出かける。

 時折、スタッフ全員が操作室に移り、窓越しにCアーム(前回の写真参照)を遠隔操作する。うなりを上げて高速回転するアームの下部からエックス線を照射し、リアルタイムの「血管地図」を作成。ベッドサイドに戻ると、ドクターたちはモニターに映写された地図を確認しながら、慎重にカテーテルを進めてゆく。

 GPS(衛星利用測位システム)カーナビのようなイメージだろう。今回は道に迷うこともなく、無事、患部に到達できたらしい。前夜に説明を受けた、肝臓を穿刺するアクロバット技を繰り出す必要はなかったようだ。

 いよいよ「特殊潜航艇」の任を与えられたバルーンカテーテルの出番。先端部の風船を狭窄部へ誘導し、拡張液(生理食塩水+造影剤)を注入して水圧で膨らませる。

 加圧値を確認し、カウントダウン。

 10、9、8…0

 治療後の血管内圧が低下している。画像でも肝静脈が広がったことを確認。血流がスムーズになった。

 成功だ!!

 4時間以上経過し、鎮痛剤の効き目も切れかかっていたが、心地よい 安堵 ( あんど ) 感が痛みを消し去ってくれた。


メモ

 DSA(Digital Subtraction Angiography) デジタルサブトラクション血管撮影。造影剤を注入する前後のエックス線撮影画像をコンピューターで処理し、骨や組織の情報を消し去って血管だけを鮮明に描き出すことができる。Cアームを高速回転させ、多方向から撮影することで、3次元画像を再構成することも可能。IVRの技術革新をもたらした。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年03月15日 更新)

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