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第9回 未破裂脳動脈瘤 岡山旭東病院 吉岡純二診療部長 くも膜下出血の恐れ 治療選択、患者が判断

 よしおか・じゅんじ 1974年、岡山大医学部卒。同医学部脳神経外科学教室、香川県立中央病院、米ミシシッピー大学脳神経外科留学などを経て、88年から岡山旭東病院に勤務。岡山大医学部臨床准教授。

脳動脈瘤のクリッピング術(図)

 未破裂脳動脈 瘤 ( りゅう ) 。一生涯破裂しない可能性もあるが、破裂すれば死にも至る、くも膜下出血を引き起こす。岡山旭東病院(岡山市中区倉田)の吉岡純二診療部長(脳神経外科)に未破裂脳動脈瘤を持っている人の割合や、治療するかどうかの選択について聞いた。

 ―未破裂脳動脈瘤に症状はありますか。

 一般的には何も症状が無いのがほとんどです。動脈瘤が大きくなって周りの神経を圧迫するようになると、 動眼 ( どうがん ) 神経まひでまぶたが垂れたりすることもありますが、そういう例は少ない。

 破裂すれば、くも膜下出血で経験したことの無いようなすごい痛みがあったり、意識がなくなって倒れたりしますから、それで分かる。ところが未破裂脳動脈瘤の場合は本当に、よく分からない。ひょっとしたら、僕も持っているかもしれない。自分がそういうものを持っているとは知らない人がほとんどだから、病院にも来ず、くも膜下出血になってしまう。

 ―見つける方法は。

 体に負担のかからない方法は、MRI(磁気共鳴画像装置)とMRA(MRIを使った血管撮影)、または造影剤を入れてCT(コンピューター断層撮影)で描出する方法があります。

 日本では成人の2%ぐらいに未破裂脳動脈瘤があるんじゃないかと言われてきました。岡山旭東病院では、2004年1月から昨年12月まで6年間に4950人が脳ドックを受診し、未破裂が「ある」と断定されたか、疑いのある人は計147人でした。受診総数に対して2・97%。成人が100人いれば3人ぐらいは未破裂を持っている可能性があります。

 ―動脈瘤が出来やすい場所はどこですか。

  前交通 ( ぜんこうつう ) 動脈や、 内頸 ( ないけい ) 動脈と 後交通 ( こうこうつう ) 動脈の間、 中大脳 ( ちゅうだいのう ) 動脈などです。血管が分かれている場所に先天的に弱い部分があり、血流が当たって少しずつ大きくなっていく。

 日本脳卒中学会の「脳卒中治療ガイドライン2009」では「大きさ5~7ミリ以上の未破裂脳動脈瘤」は「治療を検討することが推奨される」とあります。大きくなればなるほど破れやすい、と言われているのです。ただ、5ミリ以上なら危なくて5ミリより小さければ破れないかというと、そうはいかない。破裂します。

 大きさというのは一つのポイントですが、動脈瘤はいろいろな所に出てきますから、どの血管にあるかというのも大事で、小さくても破れやすい場所にあれば治療を考えなければならない。破れやすいのは前交通動脈、それから内頸動脈と後交通動脈の間です。

 また「ブレブ」と言って、丸く均等に膨れた動脈瘤の一部がさらに 水疱 ( すいほう ) のように膨らんでいる形のものも破れやすい。

 破裂する確率は年に1%前後じゃないかと言われています。この場所で、こういう形のものは破裂率が何%といった個々のデータが出ていれば患者さんにお話しするとき分かりやすいのですが、今の段階で確かなものは出ていません。

 ―治療の話ですが、岡山旭東病院では主に開頭手術(動脈瘤の首根っこ部分にクリップをかける)をされています。

 12日間の入院が標準的です。手術にかかる時間は動脈瘤の大きさや場所にもよりますが、早ければ2時間半、そうかと言えば5時間近くかかるときもあります。顕微鏡下の手術で、より安全にということで、モニターで筋電図のようなものを取るようになり、手術成績もどんどんよくなりました。

 未破裂脳動脈瘤の手術は、岡山旭東病院では1995年から昨年までで534例です。多いときで80以上クリップをかけた年もあります。

 ―未破裂の場合は予防的な治療になりますね。

 病気って何でもそうかもしれないけれど、未破裂脳動脈瘤は、知ってしまうと患者さんには非常に負担になってしまいます。いつ破れるか分からない。破裂の確率は「年に1%前後」と言われていますが、その1%が誰に当たるか分からない。患者さんは100パーセントか、ゼロパーセントかと感じ、心配されているでしょうね。不安を抱えたまま過ごされているのは気の毒です。こちらとしては、その負担をどういうふうに取ってあげたらよいかと考えます。

 未破裂脳動脈瘤の場合っていうのは不確実な将来に対する治療ですよね。治療するかどうかの判断は最終的には患者さんに任せます。治療ガイドラインではこう、全体的に言えばこう、うちの病院の手術成績はこうですよとか、かなりの情報を提供して、その上で「やはり決めてくださるのはあなたです」という話をします。

 ただし、そういう話になると患者さんは、人によっては非常にパニックになります。後で聞くと、何を聞いたか分からないという方が多い。こちらが易しく言ったつもりでも、理解してくれていなかったりすることもあります。医者の言葉って難しいじゃないですか。だから僕は「今ここで決めなくていいです」と言い、関係の資料を渡して「次回はご家族と一緒に来てくださった方がいいです」と話します。

 ―患者の気持ちがお分かりのようです。

 患者さんの気持ちを分かるようになりたいと思うんですね、医者は。でもそれは僕、 傲慢 ( ごうまん ) と思ってますから。できるだけそうはしてあげたいと思うんですけれども、本当に分かっているかどうかは分からないです。


病のあらまし

 未破裂脳動脈瘤が破裂して起きる、くも膜下出血。約3分の1の人が亡くなり、約3分の1の人には機能障害が残る非常に恐ろしい病気だ。厚生労働省の人口動態統計によると、2008年に全国で1万4075人(男5317人、女8758人)が、くも膜下出血で死亡した。

 「脳卒中治療ガイドライン2009」は未破裂脳動脈瘤が見つかった場合、診断によって患者がうつ・不安をきたすことがあるとし、この点に配慮したインフォームドコンセント(十分な説明と同意)や、必要に応じたカウンセリングを推奨。また、患者と医師のコミュニケーションがうまくできないときは、他の医師、他の施設によるセカンドオピニオンを推奨している。

 未破裂脳動脈瘤の治療の選択肢としては「経過観察」「血管内治療」「開頭手術」の三つがある。

 経過観察は外科的な治療を行わず、半年から1年ごとの定期検査を受ける。破裂リスクを減らすため、喫煙や大量の飲酒を避け、血圧のコントロールを行うことが肝要だ。生涯破裂しないで済む可能性もあるが、くも膜下出血の危険性は残る。

 血管内治療は、足の付け根からカテーテル(細い管)を入れて脳動脈瘤まで到達させ、カテーテルの中から送り込んだ針金状のプラチナ製コイルを何本も詰めていく。コイルが詰められると血栓ができて自然に固まるので、破裂を防ぐことができる。ここ十数年で普及してきた新しい治療法のため、治療後の長期間にわたる観察報告がまだ少なく、将来の破裂を確実に防げるかどうか不確定な部分もある。

 開頭手術は脳動脈瘤の首根っこ部分にクリップをかける「クリッピング」=イラスト参照=が基本的な手術法だ。全身麻酔をかけ、頭を開いて動脈瘤を露出させ、クリップで挟みつぶす。うまくクリップがかかると瘤の中に血液が入って行かず、破れない状態をつくり出すことができる。脳動脈瘤の状態を顕微鏡で直接観察しながら手術を行うので確実性が高い。クリップはチタン製で脳の中に一生残ることになるが、術後にMRIなどの検査を受けることも可能だ。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年03月15日 更新)

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