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血管もろとも大きく切除 松田病院が進行膵がんに新しい手術法導入

松田忠和院長

久世晃史氏

 膵臓(すいぞう)がんは早期発見が難しく、転移しやすいため、極めて治療が難しい。多くの臓器のがんは治療によって進行を食い止めることができるが、膵臓がんでは5年生存率が1割に満たないのが現状だ。肝臓・胆のう・膵臓領域の治療に力を入れる天和会松田病院(倉敷市鶴形)は、これまでは切除不能とされていた、進行した膵臓がん患者の一部を対象に新しい切除手術法を導入し、抗がん剤治療と組み合わせて成果を上げつつある。

 膵臓は胃の裏側の腹部奥深くにあり、がんが発生しても自覚症状が出にくい。早期発見するには、内視鏡を胃や十二指腸まで進め、内側から観察したり、直接膵液を採取したりする検査が有効だが、簡単に受けられるものではない。そのため、診断時に切除手術が可能とされる人は4分の1程度にとどまっている。

5年生存率9.6%

 全国のがん診療連携拠点病院の統計(2009~10年分集計)でも、がん全体の5年相対生存率(日本人全体とがん患者を比較した生存率)が66.1%に達しているのに、膵臓がんは9.6%と主な臓器のがんでは最も低い。特にがんが腹腔(ふくくう)動脈などに広がった病期IIIは5.7%、遠隔転移のあるIV期は1.7%で、厳しい状況を覚悟しなければならない。

 進行した状態で見つかった患者が、根治の期待できる切除手術を受けるにはどうすればいいのか―。

 松田病院が一部の進行がん患者に対して行っているのが「腹腔動脈合併膵尾側切除(DP―CAR)」=イラスト参照=という手術法。腹腔動脈や周囲のリンパ節まで浸潤しているがんに対し、腹腔動脈の根元から肝動脈、脾(ひ)動脈、左の胃動脈までひとかたまりにして、膵臓の原発巣とともに大きく切り取ってしまう手術だ。

 リンパ節を含めて根こそぎ取ることで再発、転移の危険性を減らすことができる。5年前からこれまでに3人の患者にこの手術を行い、1人は4年余り療養して亡くなったが、2人は現在も元気だという。

 大手術になるものの、血管や消化管の再建は必要ない。術後2週間程度で退院も可能だ。執刀する松田忠和院長は「術式の評価はまだ定まっていないが、取り切りの手術なので安全性は高いと思う」と話す。

「バイパス」を確保

 ただし、いきなり太い動脈を取ってしまうと、周囲の臓器に血が通わなくなる。特に胃の虚血が起きやすく、ひどい胃炎や潰瘍に見舞われる恐れがある。

 そこで、術前に血流の「バイパス」をつくっておく処置が重要になる。細いカテーテルを肝動脈に進め、金属コイルやプラグで栓をしておく。すると、今まであまり使われていなかった血管が広がり、肝動脈を迂回(うかい)する新たな経路を通って血流が届くようになる。血管内でがっちり固定されるプラグが開発され、信頼性も高まっているという。

 松田病院では本手術の約2週間前にこの処置を行う。多くの施設は放射線科医がカテーテルを扱うが、松田院長は自ら施術し、肝動脈の中で栓をする位置に細心の注意を払う。「血管を縫合する余裕を持たせておくなど、本手術を考えて施術しなければうまくいかない」と説明する。

化学療法と連携

 進行がんを手術に持っていくためには、化学療法との連携が欠かせない。

 松田病院でDP―CAR手術を受けた1人は、がんが大動脈の周囲のリンパ節まで及んでおり、当初はIV期の状態だった。手術不能と判定して化学療法を開始。有効性が報告されたばかりの抗がん剤4剤を組み合わせた治療(フォルフィリノックス療法)を続けるうち、がんが大きく縮小し、手術で切除することができたという。

 手術可能例では、これまで術後の化学療法が標準とされ、術前治療は推奨されていなかった。しかし、今年になって術前治療の有効性を裏付けるデータが報告されており、外来がん治療認定薬剤師の久世晃史さんも「今後は抗がん剤治療を行ってから手術するのが主流になるだろう」とみる。

 DP―CAR手術の適応は限られており、松田院長は「手術できない人でも、化学療法を駆使して長期生存を目指していきたい」と話している。

アドバイス

安全性高まり治療法進歩 松田忠和院長

 早期発見は重要ですがなかなか難しい。これまで切除不能だった患者さんを何とか根治手術に持っていきたいと考えています。

 患者さんに諦めない気力を持っていただくことが大切です。その上で科学的に根拠のある治療法を望んでいただきたい。DP―CARは以前からあった手術法ですが、外科医や放射線科医の努力、治療器具の開発によって安全性が高まり、お勧めできる治療法になりました。

 膵頭部に腫瘍のある方は別の術式になり、遠隔転移のある方は対象外ですが、化学療法を含めて治療は少しずつ進歩しています。私たちにご相談ください。

不安軽減へ診察に同席も 久世晃史外来がん治療認定薬剤師

 フォルフィリノックス療法などの化学療法は強い副作用が現れることがあります。特に好中球(白血球の一種)が大きく減少している時に感染症を起こすと、生命が危険になります。治療法を決める時から、必要に応じて薬剤師も診察に同席し、吐き気を和らげる薬の処方を提案したり、緊急時の初期対応をお伝えしたりしています。

 患者さんの中には、不安を抱え、落ち込んでしまう方もいらっしゃいます。当院では治療開始から同じ薬剤師が継続して関わり、看護師とも連携し、少しでも患者さんの不安を軽減したいと考えています。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2019年11月04日 更新)

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