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(3)最近の認知症ケアのアプローチ パーソンセンタード・ケアとは 慈圭病院病棟医長 池田智香子

慈圭病院の認知症病棟。広い空間を比較的小さな生活空間(ユニット)に分けている。10人前後がユニットで生活すれば家庭的個別ケアが行いやすく、パーソンセンタード・ケアの実現もできやすい

池田智香子氏

 慈圭病院は岡山県認知症疾患医療センターに指定されており、主に県の南東部や備前地区の地域の認知症相談や治療に当たっています。当院の受ける相談内容では、認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia=BPSD)で対応に困るというケースが多く見られます。

 認知症の臨床症状は、大きく中核症状(記憶障害などの認知機能障害)とBPSDに分けられます。BPSDには易怒性の亢進(こうしん)・徘徊(はいかい)といった行動症状と、抑うつや幻覚・妄想といった心理症状があります=

 認知症患者の6割以上が少なくとも一つ以上のBPSDを持つとも言われています。かつて認知症は何もわからなくなる治らない病気と考えられ、認知症のさまざまな行動は周囲を困らせる厄介な症状と捉えられてきました。そのため、個人の尊厳を無視した業務優先の流れ作業的なケアが行われていました。

 しかし、イギリスの心理学者であったKitwoodが、パーソンセンタード・ケア(person―centered care=一人ひとりの視点や立場に立って理解しながら行うケア)を提唱してから、認知症の人たちに心理的なアプローチが重要であるという考えが浸透してきています。今では、BPSDは認知症の人がうまく伝えきれない自分の思いを伝えようとしている手段だと考えられています。

 薬物を使わざるを得ない状況もありますが、まずは認知症の症状だとひとくくりにせず、BPSDが生じる背景にある本人の満たされない欲求をくみ取って寄り添う姿勢が大切です。そのためには、本人がどのような性格だったのか、今までどういう人生を歩んできたのか等を知ることも、大切な手掛かりになってきます。

 外来では「こういう症状が出た場合はどう対応したらよいですか」とよく質問されますが、一概にこれがよいという方法があるわけではありません。毎日接している家族や職員が知っている本人の情報を共有し、個々に合った対応法を試行錯誤しながらみんなで一緒に考えていくことが、症状の改善ないしは予防につながっていくのではないかと思います。

 一方で、よい環境とケアを提供するためには介護者側のケアも重要になってきます。介護負担やストレスが増大すれば、BPSDの悪化や虐待という結果を招きかねません。介護がうまくいかないと自分を責めたり、一人で抱え込んだりせずに周囲に相談しましょう。認知症ちえのわnet(https://chienowa-net.com/)では、BPSDへの対応についてさまざまな体験談があげられており、参考になると思います。

 当院の認知症病棟では、パーソンセンタード・ケアを実践できるよう、多職種のチームで協力し、患者さんとお互いに信頼できるなじみの関係をつくろうと日々奮闘しています。この超高齢社会において認知症は他人事ではありません。認知症になっても自分らしく生きていくにはどうすればよいか―すぐに答えは出ないと思いますが、日頃から家族やかかりつけ医と話し合っておくことも大切ではないでしょうか。

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 慈圭病院(086―262―1191)

 いけだ・ちかこ 岡山大学医学部卒業。津山中央病院、岡山赤十字病院、慈圭病院、岡山大学付属病院精神神経科に勤務。医学博士取得後は慈圭病院に再び勤務、現在に至る。日本精神神経学会(専門医、指導医)、日本老年精神医学会(専門医、指導医)、日本認知症学会(専門医、指導医)などに所属。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2020年06月16日 更新)

タグ: 慈圭病院

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