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43 家庭内「隔離」 特別扱い 不満募らす

原則として、皮の厚いバナナは大丈夫だが生食するイチゴや生クリームは術後半年間食べられない。グレープフルーツは免疫抑制剤の服用が続く限り禁忌だ

 2008年6月29日。ムンテラ(患者との対話による治療)で先行きに一抹の不安を覚えながらも退院の日を迎えた。3月4日の入院以来、約4カ月ぶりの外界だ。当面、岡山市内の父母宅で療養することにしていた。

 すでに仕事復帰しているドナーの弟が迎えに来てくれた。弟も腹筋に大きな力のかかる運動をすると、腹壁 瘢痕 ( はんこん ) ヘルニアが起こる危険があるので、まだ好きなテニスはしていないが、ほぼ普段通りの生活に戻れたらしい。

 免疫抑制剤を服用しているレシピエントにとって、一番の心配は食事だろう。入院中の給食は原則、生もの禁止だ。刺し身や生卵はもちろん、生クリームのケーキもダメ。サラダのレタスやトマト、キュウリなどはすべて湯通しされている。

 生食するイチゴやブドウもダメ。バナナやオレンジなど皮の分厚い果物は大丈夫だが、切らないで丸ごと出されるのには閉口した。免疫抑制剤の血中濃度を高めるグレープフルーツは、服薬の続く限り食べられない。

 それでも移植 黎明 ( れいめい ) 期に比べ、禁忌はずいぶん少なくなったそうだ。チーズやヨーグルトなどの発酵食品を避けるよう指導する施設もあったらしいが、私は食べきりの個別包装製品はOKだった。

 お 膳 ( ぜん ) も他の患者とは別に、ナイロン袋で二重に包んで届けられる。はしやスプーン、湯飲みは消毒液に漬けて管理していた。

 十分に加熱調理したものを、時間をおかずに食べるのが基本。術後6カ月くらいまで細心の注意を払わねばならない。免疫力の低下した状態で、細菌などによる感染症をできるだけ予防するためだ。

 しかし、退院後に家庭で実践するのは相当つらい。調味料やジャムは1食分の個別包装製品をネットショッピングで取り寄せ、母は私の食器だけ特別に熱湯消毒していた。

 新型インフルエンザが流行した昨年は珍しくもない姿になってしまったが、連日30度を超える猛暑でもマスクを着用。胆管チューブが入ったままのおなかに防水フィルムを張り、一番風呂に入らせてもらった。

 家族の中で自分だけが「隔離」されたように特別扱いされるのは、決して心地よいものではない。知らずしらずフラストレーションがたまり、爆発寸前に達していた。

 慣れない1週間を乗り切り、気晴らしに外食しようと、家族で郊外の手打ちそば店へ出かけた。田園に立つ古民家を改装した吹き抜けの座敷で、香り高いそばを堪能。久しぶりに明るい日差しを浴び、解放感に浸った。

 ところが2日後…。未明から激しい下痢に見舞われた。真夏日なのにガタガタと震えが止まらない。夜になると体温は39度まで上がってしまった。

 真っ青になった父母は、岡山大病院肝移植コーディネーターの保田裕子さんに電話。翌朝受診できるよう手配してもらった。

 08年7月9日。うんうんうなりながら外科外来へ転がり込んだ。自由を 謳歌 ( おうか ) できたのは10日間。再び 囚 ( とら ) われの日々が始まった。


メモ

 グレープフルーツと薬 グレープフルーツは一部の免疫抑制剤(ネオーラル、プログラフ)以外にも、降圧薬の一部(ランデル、アテレックなど)や抗精神病薬の一部(オーラップ)などと相互作用を起こす。果汁に含まれる物質が腸や肝臓で薬物代謝酵素の働きを鈍らせ、血中濃度が上昇すると考えられている。免疫抑制剤は薬効と副作用の境界の濃度を厳密に保つ必要があり、グレープフルーツを禁忌としている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年04月05日 更新)

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