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肺がん新治療に成功 岡山大病院が世界初 体外摘出し患部切除、自家移植

大藤剛宏講師

 岡山大病院(岡山市北区鹿田町)は、右肺の中枢部にがんを患い、従来の外科治療では片肺の全摘が必要だった60代男性=広島県在住=の肺を体外に取り出して患部を切除、がんに侵されていない肺の一部を体内に戻す“自家移植”手術に成功した。同病院によると、臓器提供者から摘出した肺を長時間保存する肺移植の技術を活用した手法としては「世界初の成功例」という。肺活量の減少を最小限にとどめて術後の呼吸不全を防ぎ、患者のQOL(生活の質)を向上させる新治療法として注目される。

 男性は右肺の中心部や気管支、肺静脈、肺動脈もがんに侵され、末期手前のステージIIIA期と診断。同病院肺移植チーム(チーフ・大藤剛宏呼吸器外科講師)が、6月中旬に手術した。

 同チームは、取り出した右肺に特殊な移植用の保存液を注入して冷却保存、病理検査でがん細胞が認められなかった下葉(全体の30%)を切り離し、2時間後に気管支や血管と下葉をつなぎ合わせた。

 両肺を合わせた肺活量は50%を下回ると息切れなど日常生活に支障が出るが、男性は約70%を維持。軽い運動もできるようになるという。

 全摘の場合は1カ月ほど集中治療室で加療するが、「自分の肺を一部残したために回復も早かった」(大藤講師)と言い、男性は4日後に一般病棟へ移り、6月30日に退院。男性は「せきも減り、息苦しくもない。肺の半分以上を失うと覚悟したが、本当に幸運だった」と話す。

 大藤講師は「呼吸機能の低下などで外科手術をあきらめていた患者さんに提案したい」としている。

ズーム

 肺がんの治療 国内で年間8万5千人以上が発症しているとされる肺がんは、がんの中でも最も死亡者数が多い。治療法は、がんを切除する外科治療、抗がん剤治療、放射線治療など。他人からの肺移植は拒絶反応を防ぐ免疫抑制剤を使用するが、自己免疫を抑えるとがん細胞が活発化するとして、がん患者には行わない。

保存処理、執刀 高い技術 QOL向上へ福音

【解説】

 岡山大病院が肺移植の手法を使って肺がん患者の“自家移植”手術に世界で初めて成功した背景には、国内最多の57例に上る生体肺移植を積み重ねてきた呼吸器外科、心臓外科、麻酔科など経験豊かな医師らによる移植チームの存在がある。

 国内では厳格な臓器移植法もあって脳死による臓器提供は少なく、生体移植が主流。岡山大病院は1998年に国内で初めて生体肺移植に成功するなど、移植医療をリードしてきた。

 肺は肝臓のように切除後に再生しないため、手術で肺活量の50%以上を失うと日常生活に支障をきたす。特に、今回患者が切除した右肺は肺活量の55%を占め、全摘なら呼吸不全に陥るリスクが格段に高くなるという。このため、全摘が望ましくても、抗がん剤の使用など内科的治療しかできないケースもある。

 渡辺洋一・岡山赤十字病院副院長(呼吸器内科)は「病理検査の間、肺の機能が落ちないよう保存処理する技術の併用は画期的。執刀医が高い技術を持っていたことも手術を成功させられた大きな要因」と話す。

 患部を取り除いた臓器を他人に移植する手法は、宇和島徳洲会病院などでの「病気腎移植」で社会問題化したが、今回執刀した大藤剛宏呼吸器外科講師は「自家移植の場合、倫理的な問題はない」と言う。

 がんができた部位や転移がないなど一定の条件はあるが、患者のQOL(生活の質)向上につながる治療の選択肢が広がったことは福音となるだろう。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年07月02日 更新)

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