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「看護師・病院職員のための患者対応Q&A」編著者に聞く

森脇正弁護士

森定理参与

「看護師・病院職員のための患者対応Q&A」

問題患者には毅然と対応 大声でののしる、土下座強要、殴る…
森脇正弁護士(岡山弁護士会)


 病院では日々さまざまなトラブルが起きている。一部患者による暴言や暴力、転倒や転落による事故、医療スタッフのミスなど、その内容はさまざまだ。今夏出版された「医療現場のわかる弁護士らが教える!! 看護師・病院職員のための患者対応Q&A」(ぎょうせい)は、院内トラブルの中でも大きなウエートを占めている問題患者への対処法を、病院側のニーズに応える形で法律面から詳しく解説している。編著者の一人で、岡山県内の多くの病院で顧問弁護士を務める森脇正さん=岡山弁護士会=に執筆の背景を聞いた。

 ―全日本病院協会の2008年の調査では、52%の病院が過去1年間に職員に対する院内暴力を経験しています。岡山の現状はどうでしょうか。

 多くの病院が頭を悩ませています。問題患者は、全体から見ればほんのわずかなのですが、その行動が突出しているのです。気に入らないことがあったら大声でののしる、土下座を強要する、脅したり殴りかかることもあります。そうしたことが続くと職員にとっては恐怖でしかありません。他県では院内で医師が患者に刺される事件も起きました。岡山、広島、香川県などの大規模病院は08年から「問題患者等対応検討会」を発足させ、情報交換と話し合いを重ねています。

 ―医師には医師法が定める「応招義務」があり、原則として患者の診療要求を拒めません。

 応招義務は「正当な事由がなければ、これを拒んではならない」としています。厚生労働省は19年12月にその解釈基準を示し、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合の患者の迷惑行為や、支払い能力があるのに医療費を払わない悪意ある場合などは、診療を拒む「正当な事由」に該当すると明確に示しました。こうした解釈を根拠に、問題患者には法的手段を含め、毅然(きぜん)とした対応を取っています。大多数の善意の患者や病院職員にとって安全で安心できる環境の確保に努めなければなりません。

 ―診療行為では、医療側と患者側の信頼関係が欠かせませんが、患者側の権利意識は拡大し、医療側への要求もハードルが上がっています。両者の関係をあらためて見直す必要がありそうです。

 患者は、病気の根治を求めて病院に来るわけですが、病気によっては根治は困難です。いかなる場合でも「医療に限界はある」ということを十分に認識しておくべきです。治療の多くを医師に委ねたままで根治に執着しすぎると、病院での診療は苦渋と不満に満ちたものになりかねません。医療者との建設的な会話は成り立たなくなり、信頼関係に基づいた医療の継続は困難になります。トラブルも生じやすくなります。そうした状況を防ぐためにも、患者は自分の病気や治療の内容について正しい医学的知識を持ち、主体的に病気と関わるべきなのです。

 ―その際、医師の説明が重要な意味を持ちますね。

 医師には、病気の内容や治療の方針、治療方法が複数ある場合にはそれぞれのメリット、デメリットなどについて説明義務があります。これは単に同意書に署名をもらうのが目的ではなく、患者が自己決定権を適切に行使するためにあるのです。患者は治療を受けるのかどうか、受けるにしてもどういった治療を、いつどこで受けるのかを決める権利を持っています。医師は必要な情報を提供し、患者はそれを受け止め、より良い状態をともに模索する。両者の前向きな姿勢が信頼構築には必要なのです。

 ―昨今では認知症の患者の問題がクローズアップされてきています。

 軽度認知障害(MCI)がある、左大腿骨骨折の入院患者が手術を拒否した事例があります。患者に判断能力が残っている限り同意なく手術をすれば傷害罪に問われる可能性があります。そうかと言って手術をしなければ歩けなくなります。家族は手術を希望していました。こうした、法的判断と倫理的判断が相反するようなケースは確実に増えます。家族がいれば相談できますが、近くにいない場合はどうすれば良いのか。

 2025年には高齢者の5人に1人が認知症と言われます。せん妄や徘徊(はいかい)、転倒・転落事故などの危険性があり、一般の急性期病院では対応が難しいのですが、将来的には日常化してしまうかもしれません。認知症などの専門機関や病院・施設との連携、協力が必要になってくるでしょう。

医療現場の安心守りたい
川崎医科大学総合医療センター 森定理参与


 「医療現場のわかる弁護士らが教える!! 看護師・病院職員のための患者対応Q&A」(A5判、200ページ、1980円)は、森脇正弁護士と、川崎医科大学総合医療センター(岡山市北区中山下)病院事務部の森定理参与の編著。森定参与は、出版の目的を「病院スタッフが安心して医療を提供し、患者さんも安心して治療を受けられる、当たり前の環境を守りたいから」と話す。

 森定参与は大手損保会社を退職後、2007年から川崎医科大学附属病院(倉敷市松島)と同センターで、クレームやトラブル対応などの医療紛争対応業務に従事。現在、岡山県内の10病院と、オブザーバー参加の兵庫、広島、鳥取県内などの6病院・施設で組織する「問題患者等対応検討会」の会長を務めている。

 声高に要求を通そうとする問題患者に対しては「事なかれ主義の、その場しのぎの対応は現場の疲弊を招くばかり。場合によっては診療拒否もやむを得ない」と言う。医師法が定める応招義務は、医師が患者に対して直接負う私法上の義務ではなく、国に対して負う公法上の義務だと指摘。診療拒否が正当化される「正当な事由」についての厚生労働省の見解を踏まえ、「若い職員の離職を防ぐ意味でも、病院幹部が毅然とした対応を取らなければならない」と主張する。

 「患者対応Q&A」は病院職員らが経験したトラブル、クレーム、訴訟対応などを113問に集約し、関係法令や判例を示しながら解説。ハラスメント・暴言・暴力▽業務妨害・業務強要▽医療現場での事故・紛争▽説明義務・同意―など8章で構成した。新型コロナウイルス感染症など最新の話題も盛り込んだ。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2020年12月07日 更新)

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