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第7部 あすへつなぐ (5) 訪問診療医 24時間対応 在宅支える

相田さん方を訪ね診察する中村院長。「家は医療でなく生活の場」という思いから白衣は着ない=倉敷市

 「在宅医療の可能性を見ていただきたい」

 倉敷市大島の診療所「つばさクリニック」から4月下旬、取材班にメールが届いた。

 同クリニックは訪問診療専門。昨年4月に開業。これまで、がんや脳卒中など約180人の在宅患者を診療し、うち約50人を家でみとった。

 「医療従事者からも『在宅は難しい』との声を聞く事があり、それが残念で仕方ありません」と記していた。

 その現場を訪ねた。

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 「こんにちは」

 5月24日。同クリニックの中村幸伸院長(33)が同市連島町矢柄、相田秀子さん(92)方を看護師と訪れた。笑顔の相田さんが居間のベッドに座っていた。

 「胸の音、聞かせてもらいますよ」。診療は週2回。聴診や触診をし、家族の相談にも応じる。この日は2人の姉と交代で帰省して介護する三女の光子さん(61)=神奈川県鎌倉市=から耳鳴りについて聞かれた。

 相田さんは昨年3月、体調を崩し倉敷市内の病院に入院。心臓病が見つかった。病院から中村院長を紹介され、同6月には自宅へ帰った。「住み慣れた家で過ごせて幸せ」と秀子さん。食欲も戻った。

 中村院長は同市の総合病院で5年半、循環器内科医として勤務した。

 「疑問だったんですよ。自宅に帰りたいのに、訪問診療してもらえる医者がいない、通院も体力的に難しい、という患者さんが入院を余儀なくされている。何とかできないかって」

 東京の訪問専門の診療所で1年半、経験を積み、開業した。診療エリアは車で30分圏内。1日十数人の患者の家を回り、薬は連携する薬局が自宅まで届ける。

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 「訪問診療の役割は、24時間365日の『安心』を提供すること」。中村院長はいう。

 脳卒中の後遺症で寝たきりの義母(83)を介護する同市北畝、渡辺知恵子さん(59)は月2回の訪問診療に加え、ここ1年間で6回、義母が発熱した際などに緊急で往診してもらった。

 「いつでも電話で相談できるから安心」と知恵子さん。以前は体調を崩すたび、医療機関に駆け込んでいた。

 医療費の増大を背景に、国は訪問診療の報酬を手厚くするなど、患者を病院から在宅へ誘導している。だが、担い手となるかかりつけ医などの診療所は「医師1人態勢が多く、24時間対応が難しい」と厚生労働省在宅医療推進室。

 岡山県の診療所のうち、24時間往診などができ、昨年6月までの1年間で在宅みとりまでしたのは1割以下の120カ所。そこでみとった数は平均3人だった。

 渡辺さんにクリニックを紹介したケアマネジャー森本ミサエさん(63)は「家で過ごしたい患者は多いのに、まだまだ在宅を支える医療サービスが足りない」と話す。

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 クリニックに4月、2人目の仲間が加わった。藤井基弘医師(40)だ。

 それまでは別の診療所で、週1日の訪問診療にかかわっていたが、緊急時にすぐ往診できないことなどが悩みだった。5月にはさらに非常勤医1人が診療に加わった。

 「訪問診療のニーズは多い。態勢が整い、入院や通院とほぼ変わらない対応ができるようになった」と中村院長。患者にとって「第3」の選択肢が広がればと願う。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年06月22日 更新)

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