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第6回「認知症」 川崎医科大学総合医療センター内科部長・川崎医科大学認知症学教授 和田健二

和田健二氏

 認知症になると記憶がなくなり、今、どこにいるのかも分からなくなってしまう。症状は深刻だが、国の認知症施策推進大綱(2020年6月)には「だれもがなりうる」「多くの人にとって身近なもの」と記されている。大綱にあるように、認知症の人が「よい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会」が実現してほしいし、自分や身近な人がなった場合に備えて覚悟も必要だ。最近の研究では、認知症の原因となる病気は、動脈硬化などの生活習慣病と同様に、若いころから密かに進んでいるという。だから、決して高齢者の病気ではない。その辺も含め、川崎医科大学認知症学教授で、川崎医科大学総合医療センター内科部長の和田健二氏に話を聞いた。

「認知症もいろいろ」

 わが国では65歳以上の15%、約500万人が認知症とされます。年をとれば誰もがなり得る病気です。

 ■区別が重要

 認知症はひどい物忘れをしたり、時間・場所が分からなくなったりといった状態であり、その背景には病気があります。その病気によってアルツハイマー型、レビー小体型、血管性、前頭側頭型などさまざまなタイプがあり、対応や治療法が異なります。きちんと区別することは重要です。

 ■発症の20年前から

 一番多いのはアルツハイマー型で、認知症全体の7割を占めます。発症する20年ほど前から病気は始まっていて、時間をかけて認知症に至ります。脳の神経細胞に異変は起きているが物忘れなどの症状は出ないプレクリニカル期を経て、認知機能が低下し始めたMCI(軽度認知障害)、そして認知症です。つまり無症状のプレクリニカル期からアルツハイマー病は始まっているので、少しでも発症を遅らせるため、若いうちから生活習慣の改善に取り組んでほしいのです。

 ■症状

 認知症の症状は、認知機能低下による中核症状とBPSD(行動・心理症状)に分かれます。中核症状は記憶障害や空間認知機能、判断力、言語能力の低下などです。症状の進行を遅らせることはできますが、改善はできません。

 BPSDは焦燥や興奮、攻撃性が出たり、脱抑制、つまり社会的な制約からはずれて欲求のままに動いてしまったりします。アルツハイマー型で特異的なのは物盗(と)られ妄想や無気力です。レビー小体型では幻覚があり、脱抑制は前頭側頭型で見られる症状です。

 BPSDは改善できます。当事者の感覚や感情と、置かれた環境、周囲の人間との不一致や摩擦で起こるため、不一致や摩擦さえなければ症状は軽減できます。居心地の悪さや不安があればそれを取り除くアプローチを取ることで全然変わります。

 ■治る認知症

 治療可能な認知症もあります。慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症、甲状腺機能低下症、ビタミン欠乏症などによるものです。これらをアルツハイマーなどと間違えないようにしなければなりませんが、専門医でないと判別は難しいのです。硬膜下血腫や正常圧水頭症は画像検査でないと、甲状腺機能低下症やビタミン欠乏症は血液検査でないと分かりません。

 認知症全体から見ると数は少ないですが、早期の介入によって治る可能性があるので、専門医による早期診断が望まれます。

「早期診断・治療」

 早期の診断と治療に結びつけるには周囲の気づきが欠かせません。当事者の表情や言動の中で、これまでとは違う変化に注目してください。

 ■診断

 診断で重要なのは、まずは治療可能な認知症を除外することです。問診で病歴の聴取と診察、心理検査による認知機能の評価を行います。MRIやCT、脳血流SPECTなどの検査もして、症状と勘案しながら背景にどのような疾患があるのかを調べていきます。症状を正確に把握するため家族や介護者から日頃の生活も詳しく聞きます。

 ■治療

 治療の目的は病気の進行を緩やかにし、患者さんたちの今の生活の質を維持することです。薬物療法と非薬物療法があります。

 アルツハイマー型認知症の治療薬にはドネぺジル(商品名アリセプト)など三つのコリンエステラーゼ阻害薬と一つのNMDA受容体拮抗(きっこう)薬があります。いずれも症状の維持・改善薬で、病気そのものを治癒する薬剤ではありませんが、認知機能低下の進行を遅らせる効果があります。

 ドネペジルに関する研究では、平均で1年間くらいは現状を維持できるとの結果が出ています。ドネペジルによってBPSDが改善し、介護負担が減ったというデータもあります。ただ、服薬管理が大切です。認知症の人は薬を飲まなかったり、飲み過ぎたりします。家族や介護スタッフ、薬剤師も含めた周囲の関与が欠かせません。

 非薬物療法には認知機能訓練、運動療法、回想法、音楽療法、日常生活動作訓練などがあります。

 ■暮らしやすく

 認知症の症状や進行は、介護者の関わり方次第で大きく異なります。認知症の人が暮らしやすいように、失敗を起こしにくくするような生活上の工夫をしたり、日常の会話やコミュニケーションの仕方を変えたりするだけでBPSDの軽減が図れます。

 アルツハイマーの場合で言うと、新しく覚えることは苦手ですが、昔のことはよく覚えています。過去の出来事を思い出すことは精神に安定をもたらし、日々の生活への意欲を回復させることにもつながります。

 仲間はずれにしないことも大切です。重症になったとしても、周囲の人の表情や態度で感情を読み取ることは得意です。その場で起きていることを理解している、そういうつもりで接することが基本です。

 ■介護者支援

 最後に、介護をする家族への注意点を示します。情緒的に巻き込まれて自分を見失ってしまうような介護、「良い介護者」であろうとしてストレスを抱え込む過剰適応の介護、孤立した介護は要注意です。燃え尽きや虐待につながる危険性があります。介護者自身の心の安定が当事者の症状安定につながるのです。1人で悩まず、柔軟な思考で、健康に気を付けて介護に当たってください。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年01月18日 更新)

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