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第7回「老年症候群」 川崎医科大学総合老年医学教授川崎医科大学総合医療センター内科部長 杉本研

杉本研氏

 「人生100年時代」と言われる今、高齢になっても生きがいを持ち、元気に毎日を過ごすことが最大のテーマだ。ところが年を取ると体のあちこちに不調が出る。腰や膝が痛い、眠れない、食欲がない、めまいや息切れがする、疲れやすい…。病院に行ってもあちこちの診療科に回され、薬をどっさりもらったりするけれど、症状はあまりよくならない。これを「老年症候群」というらしい。そうなったときにはどうすればよいのか。川崎医科大学総合老年医学教授で、川崎医科大学総合医療センターで「フレイル、ポリファーマシー外来」を担当している杉本研医師に話を聞いた。

1時間目 「年のせいでは済ませません」

 高齢者、特に75歳以降になると、心や体にさまざまな症状がまとまって出てくることがあります。これを老年症候群といいます。臓器別の診療では見過ごされたり対処されないケースがあり、放置すると、買い物や食事の準備など日常を営む能力であるADLやQOL(生活の質)を阻害し、要介護の要因になります。

 ■複数の疾患、病態が関与

 老年症候群にはもの忘れ、歩行困難、転倒、食思不振(食欲不振)、夜間頻尿、不眠、関節痛など約50種類あります。加齢に伴う生理的、病的、社会的な機能低下を土台に複数の疾患や病態が関与しているのです。根本的な治療が難しいため「年のせい」とされがちですが、その症状に悩む患者さんにとっては一番の関心事です。「年のせい」では済ませない診療をするのが老年科専門医です。

 理解しやすいよう「めまい・ふらつき」を訴えて受診した患者さんを例として、老年症候群の特徴と対策の考え方を解説します。

 ■悪循環で慢性化

 めまいやふらつきは耳鼻科的疾患や脳神経疾患、あるいは循環器疾患(血圧変化や不整脈など)が原因となることが多いため、この患者さんもそれぞれの診療科を受診しました。耳鼻科では年齢相応の平衡感覚の低下、神経内科でも年齢相応の脳萎縮と虚血性変化と言われました。心療科も紹介され、老年期うつと診断されました。耳鼻科、神経内科、心療科からは各2剤ずつ計6剤の薬剤が処方されましたが症状が変わらないため、老年内科を受診したのです。

 当初は病的ではない“年齢相応”の平衡感覚異常でも、それにより外出を控えて活動量が低下すると、食事量が少なくなるため筋肉が減ってバランス機能が低下し、腰や膝のぐらつきもあって、めまいはよりひどくなります。さらに対症療法的な薬が6剤も加わって症状を悪化させ、治らないという不安からくるうつ、不眠…といったように諸要素が絡み合いながら悪循環を起こしていました。

 このように一つ一つは大きくない要素が重なり、この場合「めまい」という形で患者さんに影響している状態が老年症候群です。

 ■全体像把握のツール

 悪循環に陥ると慢性化し、その元となる事象を突き止めるのは難しくなりますが、その助けになるのが高齢者総合機能評価です。患者さんの病気を含めた個人の全体像を把握するため、ADLや情緒・気分、社会的要素、家庭環境などをさまざまなツールを用いて評価する方法で、老年症候群における問題点を特定する際に効力を発揮します。

 これらのことを体系的に行うには、医師だけでなく看護師や薬剤師、栄養士や理学療法士などの多職種連携が必要です。適切な介助・介護を導入することも重要になります。

2時間目 「フレイル知って介護予防」

 1時間目で取り上げた老年症候群は、心身ともに健康な高齢者には起こりにくく、かかえる病気が多くなった、気になることが増えたといった、少し弱ってきた方に起こりやすいことが分かっています。足腰がどうにもならなくなった段階で慌てて対応しても手遅れで、要介護となってしまう場合が少なくありません。しかし、このまま要介護者が増えてしまうと日本の医療財政はパンクしてしまいます。

 ■要介護の前段階

 この問題を解決するため、10年ほど前に考え出された状態評価の概念が「フレイル」です。フレイルとは、要介護の前段階、いわゆる前要介護状態を表すもので、放っておくと要介護になってしまうが、この時点で適切な対処をすると一段階前の状態に戻ることができる、可逆性の高い状態です。

 これまでは「フレイル」という考え方がなかったため、なんとなく分かりながらも適切な対処がされず、気が付いたら要介護状態になっていた、という例が多かったのですが、適切にフレイルを評価することにより要介護を減らすことが可能になります。

 ■五つのチェック

 フレイルは、病気のない高齢者にみられることは少なく、生活習慣病やそれにより心臓、肺、消化管、腎臓などの臓器障害、整形疾患や感染症といった問題点のある高齢者にみられやすく、これらの病気にフレイルが重なることにより状態が悪化しやすくなります。

 フレイルを簡単に評価する方法として、次の五つのチェック項目があります。(1)痩せようとしていないのに半年で2キロ以上体重が減った(2)横断歩道を青のうちに渡りきれないほど歩くスピードが落ちた(3)筋力が落ちてものをよく落とすようになった(4)以前より疲れやすくなった気がする(5)運動や趣味などの活動をしなくなった。これらのうち三つ以上該当するとフレイル、一つまたは二つの該当でフレイルの予備軍、前フレイルと診断されます。

 ■2年で要介護

 フレイルと診断された方が何もしないと2年で約半数が要介護になるといわれています。フレイルは、身体的な面が強調されがちですが、精神的な面、社会的な面が大きく関係しますので、これら全ての面に対して対応していくことが重要になります。

 フレイルの改善には、(1)カロリーを十分にとり、特にタンパク質を増やす(2)筋肉を動かす運動を定期的にする(3)入院や手術後には特に栄養面に注意してリハビリをしっかり行う(4)薬が多いのが気になる場合は相談する(5)感染予防をしっかり行う―などが大切になります。フレイルが気になる方は主治医に相談し、場合によっては老年科専門医に紹介してもらいましょう。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年02月16日 更新)

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