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脳梗塞 川崎医大病院脳卒中センター

超音波検査装置のプローブ(探触子)を首筋にあてがい、頸動脈の血流状態を調べる脳卒中センターの医師=川崎医大病院

【写真左から】木村和美センター長、井口保之准教授、渡邉雅男講師、芝崎謙作講師

迅速な体制整うtPA治療

 日本人の死因第3位の脳卒中の中で、血栓が血管に詰まる脳梗塞(こうそく)は6割を占める。救命できても寝たきりになる患者が少なくなかったが、近年、血栓溶解薬tPA(組織プラスミノゲンアクチベーター)が普及し、ほとんど後遺症なく社会復帰できる例が出てきた。川崎医大病院脳卒中センター(倉敷市松島)は、発症後3時間以内とされるtPA治療が迅速に行えるよう、体制を整えている。

 <声が出ない!>

 日曜日の朝食後、午前8時ごろ。居間でテレビを見ながら、孫とくつろいでいた男性(64)=岡山市南区=は突然、頭の中がもやもやして助けを呼ぼうとしたが、言葉にならない。左手も麻痺(まひ)しており、かろうじて動いた右手で懸命にテーブルをたたいた。

 台所にいた妻(63)が気づき、救急車を呼んだ。救急隊員は男性の症状から脳梗塞を疑い、ただちに同病院へ連絡。24時間オンコールで待機している脳卒中センターの医師6人が呼び出された。

 午前9時ごろ、男性が到着。スタッフは手分けして、血液検査や画像診断を手配したり、救急隊や家族から病状を聞き取り、脳卒中スケールでtPAの適応があるかどうか診断。発症から約2時間でtPAの点滴が開始された。

 従来の治療薬の多くは、血液を固まりにくくしたり、新たな血栓ができるのを防いで間接的に血流を改善するものだったが、tPAは詰まった血栓を溶かす機構(線溶系)に直接作用し、急速に活性化させる。点滴後間もなく、男性は普通に話せるようになり、左手の麻痺もリハビリでほぼ回復した。

 前触れもなく突然襲った発作を振り返り、男性は「自分では防ぎようがない。一人で仕事しているときだったらどうなっていたことか…」と安堵(あんど)。妻も「一刻を争う状態で受け入れてもらい、感謝しています」と語る。

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救急隊や開業医とホットライン

 川崎医大病院脳卒中センターは2005年にtPAが保険適応されて以来、約170人の患者を治療した。ほぼ3人に1人が日常活動に支障のない状態まで回復。tPA導入以前に比べ、その率は約1・5倍になっているという。

 ■ACT FAST 脳梗塞はできるだけ早く発見し、対応できる医療機関へ運ぶことが重要。木村和美センター長(脳卒中科教授)は「A(ア)C(ク)T(ト) FAST(ファスト)」を合言葉にする。家族や周囲の人が顔(Face)、手や腕(Arms)、話し方(Speech)の異常に気づき、即座に行動(ACT)。脳卒中の治療は時間との闘い(Time is Brain)だ。

 センターの医師は15人。救急隊や近隣の医療機関・開業医とホットラインで結び、夜間や日曜・祝日も24時間体制で脳梗塞患者を受け入れる。駆けつけた6人が役割分担することで、来院60分以内のtPA治療開始を目指す。

 ■TIA(一過性脳虚血発作) 脳梗塞に似た症状が出ても、数分から1時間前後で消えてしまい、元通りに戻った―という場合も危険。もしTIAであれば、脳梗塞を引き起こす「がけっぷち」状態にあると考えなければならない。

 3カ月以内に20〜30%のTIA患者が脳梗塞を発症するとされているが、木村センター長は「経験上数日以内に発症する例が多く、すぐに入院して検査し、次の発作を予防するべきです」と勧める。

 ■病型診断 一口に脳梗塞と言っても、原因となる血栓ができる場所はさまざま。井口保之准教授によると、同センターの患者の内訳は、心臓にできた血栓が頭部へ運ばれる心原性脳塞栓症が31%、頸(けい)動脈や脳動脈の太い血管が動脈硬化するアテローム血栓性脳梗塞が6%、脳内で枝分かれした細い血管が詰まるラクナ梗塞が21%、重複した原因や原因不明のものが42%。

 病型によって予後や回復期の治療が異なり、井口准教授は「早く病型診断をつけて再発を予防することが重要」と指摘する。

 MRI(磁気共鳴画像装置)やCT(コンピューター断層撮影装置)による診断とともに、患者の負担が少なく、リアルタイムで血管が狭窄(きょうさく)している場所や血流速度を調べられる超音波画像診断の技術向上に力を入れている。

 ■カテーテル治療 tPAでも血栓が十分に溶けなかったり、禁忌でtPAが使えない場合、血管に細い管を挿入するカテーテル治療が選択肢になる。

 太もも付け根の血管を切開してカテーテルを頭部へ進め、血栓溶解薬(ウロキナーゼ)を注入したり、バルーン(風船)を膨らませて狭窄した部分を広げる。発症から6時間以内に行うのが原則で、tPAと同様にスピードが要求される。

 渡邉雅男講師は「介助なしに身の回りのことができる程度まで回復する患者が3割弱。血流再開時に血管が裂けて出血する危険性があり、画像を見ながら慎重に施術している」と話す。

 ■睡眠時無呼吸症候群 脳卒中の三大危険因子として、高血圧、糖尿病、脂質異常症は以前から指摘されているが、同センターが最近注目しているのは、睡眠時に気道がふさがって呼吸が止まる睡眠時無呼吸症候群(SAS)との相関。

 80例を調査した芝崎謙作講師は、8割から9割の患者にSASの症状が見られたという。鼻にマスクをあてがって眠り、加圧した空気を送り込んで気道を開くよう促す経鼻的持続陽圧呼吸療法で治療。脳梗塞の再発を予防する効果を検証するのが課題だ。


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薬袋
組織プラスミノゲンアクチベーター(tPA)
詰まらせた血栓を直接溶かす


 脳血管を詰まらせた血栓を直接溶かすことができます。血栓を溶かすためには、血栓を構成するタンパク質フィブリン(繊維素)の分解が必要です。tPAはプラスミンの前駆物質であるプラスミノゲンをプラスミンに活性化し、この活性化されたプラスミンがフィブリンを溶解し、血栓を分解します。

 この治療法は発症後3時間以内の患者に対してのみ行います。発症3時間以降にtPAを投与すると、治療効果がないだけでなく、脳内出血を含めた重篤な出血性合併症が増加するからです。脳内出血を起こさずに安全に実施するためには、tPA療法の経験が豊富な専門施設に、発症後できる限り早く来院することが重要です。 (井口保之准教授)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2010年10月04日 更新)

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