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(1)患者中心を考えた全人的医療の実践 倉敷スイートホスピタル院長 松木道裕

松木道裕氏

 スペイン風邪の流行から100年、昨年初めから、新型コロナウイルス感染症の拡大で国民はこれまでとは違った生活を強いられています。新型コロナウイルスは主に呼吸器を介して人に感染し、感染を受けた側の免疫力が弱いと、ウイルスは全身の臓器に広がり、さらに種々の生体反応物質によって多臓器に障害を起こしていきます。急性感染症であっても、感染症の専門領域を超えた全身臓器の病変に対応した治療が必要になってきます。

 高齢者の新型コロナウイルス感染症では、感染症から回復したとしても日常生活動作(ADL)や筋力の低下などから、すぐに在宅への退院は難しいケースが少なくありません。リハビリテーションなど在宅復帰に向けた支援が必要となれば、新型コロナウイルス感染症の専門的な治療が終了した時点で、後方病院への積極的な転院を多職種で検討していきます。

 一方で、比較的致死率の高い本疾患に罹患(りかん)したことで、ご本人やご家族には悲観、不安が生じます。また、社会から誹謗(ひぼう)、中傷などを受けることもあります。社会的不利益を擁護し、患者さん、ご家族に寄り添いながら、心理的サポートを行っていくことが重要です。

 新型コロナウイルス感染症の治療にあたっては、身体的、心理的、社会的、倫理的な側面から全人的にアプローチし、展開していく必要があります。一般的に全人的な医療のモデルは図にあるように「身体(からだ)」「心理(こころ)」「社会(環境)」「実存(生きがい)」の四つの要素から患者さんを理解し、医療者は患者さんの生きがいに共感がなくてはならないと言われています。患者さんを個別的に把握することは患者さんへの尊厳にもつながると考えられます。

 さて高齢社会となり、生活習慣病を含めて併存疾患を持つ高齢者は少なくありません。その治療・療養は患者さんが主役となって、医療スタッフ、患者ご家族が支援していきます。専門的治療が必要となったときは臓器別専門医に担ってもらい、専門的治療が終了するか、落ち着いた段階で、「かかりつけ医」が生活習慣病を中心とした全身の管理を長期にわたって診察していくことになります。

 生活習慣病の多くは、患者さんがその病気を受け入れ、自らコントロールしていくものです。「かかりつけ医」、看護師、薬剤師、栄養士、リハビリテーション療法士など、多職種の医療スタッフが生活習慣病の治療・療養を支援していくことになります。

 経過をみる中で、重い病気の併発、認知機能の低下、フレイル(加齢に伴う虚弱状態)の進展など、日常生活動作が低下して、ご家族の支援や社会的支援が必要となったとき、患者さんご本人が将来どのような生きがいを持ちながら過ごしていくか、終末期をどこでどのような形で迎えるか、をぜひご家族や「かかりつけ医」と話し合うことをおすすめします。

 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は将来の変化に備え、将来の医療およびケアについて、患者さん主体に、ご家族や近しい人、医療・ケアチームが繰り返し話し合いを行います。また、患者さん自身で判断できなくなった時に備えて、ご本人に代わって意思決定をする人を決めておくなど、患者さんの思いを支援するプロセス(過程)のことを指します。そして「かかりつけ医」は患者さんの人生観や価値観に沿った医療・ケアを実践していきます。

 このように全人的医療とは、特定の疾患や部位に限定せず、患者一人一人の人生感や幸福感に寄り添い、心理や社会的側面などを含めた幅広い観点に立って医療・介護を行っていくことです。今後、高齢化社会が進む中で全人的医療はますます重要性を増すものと考えます。

 このシリーズでは患者さんの尊厳に基づいた高齢者医療の在り方や考え方などを多職種の医療スタッフの視点から述べていきます。



 倉敷スイートホスピタル(086―463―7111)

 まつき・みちひろ 大分県立大分上野丘高校、川崎医科大学卒。川崎医科大学大学院修了。同大学講師、准教授、川崎医療福祉大学教授を経て2012年から現職。日本糖尿病学会専門医、日本内科学会総合内科専門医。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年06月07日 更新)

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