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「お薬手帳」肌身離さず 高血圧や心臓病 慢性病患者の災害対策

齋藤博則氏

倉敷市真備町の小学校で、被災者の治療に当たる岡山赤十字病院の医師ら=2018年7月(岡山赤十字病院提供)

 災害に遭遇すると、避難所生活など環境の変化や精神的なストレスによって体調を崩しやすくなる。血圧が上がったり夜寝られなくなったりするほか、頭痛やめまい、下痢・便秘、不安障害など、心身にさまざまなトラブルが起きることがある。高血圧や心臓病、糖尿病など慢性疾患を患う人々にとっては病気を悪化させ、生命の危機をも招きかねない事態だ。そういった人たちは災害にどのように備え、対処したらいいのか。岡山赤十字病院医療社会事業部長で、統括DMATの齋藤博則医師(循環器内科副部長)に話を聞いた。

 「持病がある人にとって『お薬手帳』はとても大切です。肌身離さず持っていてください」―。

 齋藤医師は開口一番、こう強調した。2018年7月の西日本豪雨災害では倉敷市真備町地区の避難所に赴き、救護所を開設して被災者の治療に当たり、心身の健康を見守った。

処方分からない

 避難所に逃れた人の中には、いつも服用している薬が水に流されたり自宅から持ち出せなかった人が少なくなかった。薬を求めて救護所にやってくるが、医師はお薬手帳がないとどんな薬を処方されていたのか分からない。患者本人に聞いても種類や量を覚えていないことが多い。だから「患者の様子を見ながらの投薬になり、きめ細かな対応は難しかった」と振り返る。

 高齢者の場合、多くが糖尿病や高血圧、心疾患などいくつもの病気を患っている。当然、薬も複数になるが、高血圧の薬だけでも何種類もある。薬はその効果や副作用も考え合わせて各患者の病態に適した薬を適量処方する。病気の組み合わせによっては、かえって状態を悪くしてしまう薬もあるため、処方は慎重にならざるを得ない。

 逆に薬の名前や量が分かれば「疾患の内容と重症度も分かる」。お薬手帳が持ち出せなかった場合でも、薬局で渡される薬の説明とカラー写真が入った「薬剤情報提供書」や、薬そのものを携帯電話やスマートフォンで撮影しておけば役に立つ。できれば1週間分ほどの薬を“備蓄”して、持ち出せるよう準備しておくと安心だと言う。

脱水防いで

 避難所では十分な睡眠が取れずに生活リズムが乱れやすい。被災のショックや将来への不安などから精神的なストレスも増加する。食事は味が濃く、塩分が多くなりがちだ。こうしたことが重なって血圧は上がっていく。

 トイレが不潔だったり使いにくかったりして、なるべく行かないようにと水分を控えていると、知らぬうちに脱水が進んで血液が濃くなる。日中の活動量が減ると血行が滞り、血栓(血の塊)ができやすい。

 すると「脚の深部静脈に血栓が生じ、血管内を流れて肺静脈で詰まる肺塞栓症(エコノミークラス症候群)や心筋梗塞、脳梗塞などの危険が高まる。血圧が上がれば脳出血や大動脈解離を起こす恐れもある」と齋藤医師は指摘する。

 脱水を防ぐためには1日1リットルを目安に水分を補給し、塩分の取り過ぎに注意する。体を定期的に動かし、夜はしっかり寝る、そうしたことを心掛けなければならない。だから避難所では、トイレ周りの衛生環境の改善▽段ボールベッドの設置▽定期的に体操ができるような態勢づくり▽間仕切りをして最低限のプライバシーを確保する―などの環境整備が急がれる。

低血糖絶対だめ

 災害時、過度のストレスがかかると血圧だけでなく血糖値も上がる。しかも、避難所での食事はおにぎりやパンなど糖質が多い食品が中心で、平常の暮らしと比べて血糖値のコントロールが格段に難しくなる。避難所に糖尿病の専門医がいるとは限らない。お薬手帳の携帯とともに、1週間程度の薬は持ち出せるよう準備が大切だ。

 注意しなければならないのは、脱水が進むと腎臓の排せつ機能が落ちることだ。そうなると「薬が体内に長くとどまり効き過ぎる」ことがある。血糖値や血圧が下がり過ぎるという事態は避けなければならない。

 齋藤医師は「高血糖も良くないが、低血糖は絶対だめ」と指摘。重症の低血糖に陥ると昏睡やけいれんを起こしたり、死亡のリスクもあるからだ。「食事も取れないような状態だったら、薬はむしろ控えたほうが良い」とアドバイスする。

脚のむくみ注意

 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者にとって、避難所での生活が続くと肺炎などのリスクが高くなる。新型コロナウイルスも含め感染予防対策が重要だ。可能な限りほこりの少ない清潔な環境を確保し、密集を避け、うがいや手洗い、手指消毒、マスク着用を徹底しなければならない。

 さらに、肺疾患の患者は「心臓の病気も併せ持っている場合が多い」と言う。そうした患者にとって大切なのは「塩分は控え、必要以上に水分を取らないこと」。塩分を取り過ぎるとナトリウム濃度が高くなるので、それを薄めようと血中には水分が取り込まれる。その結果、血液の量が増えて心臓への負担が大きくなる。そうなると息切れやむくみなどの症状が現れる。むくみは心臓病だけでなく、腎臓病の患者にとっても警報だ。適度な水分量とは「体重が増えない程度」で、脚にむくみが出るようなら要注意となる。

 さいとう・ひろのり 東京慈恵会医科大学卒。東京医療センター、東京慈恵会医科大学付属病院、神奈川県立厚木病院、岡山大学病院、岡山医療センターなどを経て、2005年7月から岡山赤十字病院勤務。日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本循環器学会認定循環器専門医、日本心臓病学会心臓病上級臨床医(FJCC)、日本心臓リハビリテーション学会認定心臓リハビリテーション指導士。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年07月05日 更新)

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