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第3回「緩和ケア」

瀧川奈義夫氏

山根弘路氏

 がんなど生命を脅かすような病気に直面したら、誰しも平静ではいられない。さまざまな不安が心に渦巻くだろう。国立がん研究センターが2019年にがん患者らの遺族に行った調査では、患者の約4割が亡くなる前の1カ月間に、身体の痛みやつらい気持ちを感じていたという。川崎学園特別講義の第3回は、重い病気がもたらす痛みや不安に対処して、患者の生活の質の向上を図る「緩和ケア」がテーマ。川崎医科大学総合医療センター(岡山市北区中山下)の瀧川奈義夫副院長と山根弘路内科副部長を講師に迎え、病院の取り組みを交えながら解説してもらった。

「総論」 川崎医科大学総合医療センター副院長・内科部長 瀧川奈義夫

 「緩和ケア」とは、字のごとく患者さんの身体と心のつらさを和らげ、安心して療養生活を送ってもらえるよう支援することです。

 ■生活の質を改善

 世界保健機関(WHO)の定義を踏まえれば、「生命を脅かす病」にかかった患者とその家族が対象です。日本においてはがん治療が中心ではありますが、慢性心不全や慢性呼吸器疾患など重篤な病気も含めた対応が求められています。

 緩和ケアが目指すのは、今ある生活の質の改善です。病がもたらすさまざまな苦痛や不安、療養生活上の問題点を早期に見いだし、医療面だけでなく社会制度の活用も含めた幅広い支援を行います。

 病気や治療の副作用による苦痛や不安を取り除くのが緩和ケアの中心課題ですから、治療が始まった段階から治療と平行して、外来や病棟で必要に応じて迅速、的確に行われなければなりません。末期の患者さんに対する特別な医療、というイメージがあるかもしれませんが、誤りです。

 苦痛の除去は医療の出発点です。従って、緩和ケアは専門家だけでなく全ての医療従事者が心得ておくべき素養なのです。

 ■治療法はさまざま

 まずは痛みや息苦しさ、消化器症状、精神症状などに対して、なぜそのような苦痛が生じるのか、おう吐を繰り返すのか、原因をきちんと見極めることが大切です。適切な治療薬や治療法の選択につながります。

 苦痛の軽減には鎮痛薬や放射線治療もありますが、実は抗がん薬も緩和的療法としては有効です。抗がん薬による化学療法により疼痛(とうつう)の緩和、呼吸・消化器症状の改善も、がんの種類によってはよく経験されることです。腫瘍の縮小効果が得られれば、生存期間の延長も期待できます。

 いずれの治療にしてもその目的を明確にし、どの治療が良いか、効果と副作用のバランス、患者さんが治療に耐えうるかどうかをチームで検討します。

 ■問題を解きほぐす

 患者さんや家族の苦しみは多岐にわたります。身体的には痛みやだるさ、息苦しさ、吐き気などがあります。生死をめぐる恐れや不安、「なぜ私ががんにならなければいけないのか」といった怒りも生じます。医療費や生活をめぐる経済的な問題、家族の将来、仕事のことなどさまざまな心配事もあるでしょう。しかも、その患者さんや家族にとっての経緯や人生観があり問題は絡み合っています。

 そうした複雑な状況に対処するためには多職種によるチーム対応が不可欠です。当院は緩和ケアチームを2011年4月に立ち上げました。メンバーは内科や外科、心療科、麻酔科などの医師、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーで、毎週1回全体カンファレンスを行い、患者さんの現状を評価し、問題点とその対策を話し合っています。各病棟にはチームとの橋渡し役をするリンクナースがいて、患者さんの抱える問題をすくい上げ、早期対応に役立っています。

「ACP」 川崎医科大学総合医療センター内科副部長 山根弘路 

 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は、緩和ケアにおける中心的な作業の一つです。

 ■患者主体の医療

 ACPは、患者さんと、家族や友人などを中心とする介護者や支援者、医療従事者が、患者さん主体の医療・ケアを実現するために、今後の治療や療養生活の具体的な方法について話し合いを重ねていくことです。話し合う内容には、患者さんの価値観や人生観、治療や療養環境の好み、病状や医療環境、予後の理解―なども含みます。

 話し合いを重ねる過程において、患者さんの思いや希望は次第に明確な形を取ります。本人の意思を尊重した医療・ケアが提供されることで、患者さんは自分自身が守られている、尊重されている実感を抱けますし、家族や医療従事者は患者さんの価値観や思いを共有できるのです。

 ■最期をどこで、誰と


 ACPは緩和ケアの導入とほぼ同時に始まります。患者さんが自らの意思を自発的に明らかにできるときからです。最初はそれほど大きな比重は持ちませんが、病気が進行するにつれ、その目的は絞られ、重みは増していきます。

 健康状態や予後についての共通認識を得ながら、人生の最期をどこで誰と、どのような医療、介護を受けながら過ごしたいのか、患者さんの考えやお気持ちを伺います。

 ただ、患者さんの思いは時間とともに変わります。がんが発症して亡くなるまでに長い人で10年近く、短い人でも数カ月はあります。その間、調子が良くなったり悪くなったり、周囲の環境も変わるからです。だから何度も話し合いを重ね、その都度、書面で記録を残し、結果を共有します。

 患者さんの状態を正確に評価し、思いを実現するには多職種からなる医療・ケアチームは不可欠です。

 病状が進めば、患者さんは自らの意思を明らかにできなくなる可能性があるため、家族や知人の中から患者さんに代わって意思決定する人をあらかじめ定めておく必要があります。

 ■緩和ケア病棟

 ACPは、その性格上、緩和ケア病棟で行われることが多くなります。

 緩和ケア病棟には二つの目標があります。一つは患者さんの苦痛を取ることです。痛みや不安が取り除かれると、自宅や施設に帰りたいという患者さんもおられます。そう言った場合は外来で対応します。調子が崩れたらまた入院していただきます。ACPは入退院などのたびに行います。

 もう一つの目標は、緩和ケア病棟で自分の最期を迎えたいという患者さんに、看取(みと)りの場にふさわしい環境を提供することです。

 2016年12月に開設した当院の緩和ケア病棟(18床)では、これまで400人弱が亡くなられました。

 人生最後の時は万人に、必ず訪れます。その時を先延ばしにしたり、早めることもしません。その際、遺族に寄り添って悲しみや喪失感をサポートするグリーフ・ケアが大切なのは言うまでもありません。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2021年07月19日 更新)

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