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(15)脊椎手術 倉敷中央病院 松下睦副院長(58)

早くから双眼顕微鏡を活用してきた松下副院長。今や脊椎手術に欠かせない器具になっている

最新式の双眼顕微鏡を駆使
より小さい切開、出血量少なく


 手術台の患者が術前処置を終え、全身麻酔が効くまでのわずかな時間。松下は一心に患部のMRI(磁気共鳴画像装置)画像を見つめ、想を練る。

 「L4(第4腰椎(ようつい))の椎弓(ついきゅう)を切り開き、脊髄(せきずい)の圧迫を解除…」

 頭の中の“バーチャル(仮想)3Dモニター”に、脊椎の構造が立体的に投影される。最適な器具を選んで手術の流れをデザイン。進入経路に障害があった場合に備え、数通りのバリエーションを用意しておく。

 昨年10月に稼働した倉敷中央病院第3棟の手術センター。多くの病院の手術室は壁を青緑色に塗っているが、ここは温かな木目調。窓もしつらえ、“密室”の息苦しさとは無縁だ。患者と手術スタッフの心理的な癒やし効果に配慮した。

 松下は脊椎を専門とする。クッションの役目をしている椎間板がはみ出して神経根を圧迫する椎間板ヘルニア、椎体の壁にある帯のように柔軟な靱帯(じんたい)が肥大し、骨化してしまう後縦(こうじゅう)靱帯骨化症などの疾患を扱う。

 同病院整形外科は昨年2207件の手術を行った。うち396件を占める脊椎手術の大半は松下が執刀。週2日の手術日に3、4件ずつをこなす。一歩間違えば、たちまち運動・感覚機能の麻痺(まひ)につながる。手術中は集中を途切らせるわけにはいかない。

 「34年前に医師になったころは、救急で骨折患者が来ると忙しくなるが、暇な日も多かったんですがね」。近年は高齢者の患者がどんどん増え、忙しくなる一方だと言う。

 整形外科の手術はノミとハンマーで骨を削ったり、骨セメントで固めたりと、大工仕事のような側面がある。松下も子どものころからプラモデルを組み立てたり、手を使う細工が得意で、整形外科医を志した。

 まず、第一助手を務めるまでが大変。俗に「足持ち3年、鉤(こう)引き8年」という言葉もある。足持ちは消毒時に患者の足を持ち支え、鉤引きは切開部にフックをかけて術野を確保する。ともに単調ながら根気のいる仕事だ。

 松下もそうした“体育会系”の修業時代を乗り越え、手術の腕を磨いた。上達への道は、ひたすら師匠の技を見てまねること。脊椎は左右対称の組織。師匠が左側、助手は右側に立ち、左でやる手術をまねて同じように右で器具を操作する。ある日、「先にやってごらん」と任されて初めて、一人前と認めてもらったことになる。

 マクロからミクロへ、手術法も変革期を迎えていた。脳神経外科領域で使われていた手術用顕微鏡に早くから注目していた清水克時氏(現・岐阜大医学部教授)と一緒に、京大付属病院で本格的な顕微鏡下手術を開始。症例を積み重ね、繊細な手技を身につけた。

 京大医学部助教授を経て2002年に赴任した倉敷中央病院でも、最新式の双眼顕微鏡を駆使。助手と2人で左右から同時に観察し、より小さな皮膚切開で出血量の少ない手術を目指している。

 「隅まで明るい立体的な視野が得られ、細かな手術ができる。モニターに映写して麻酔医や看護師も同じ術野を見られるので、安全性も高まった」とメリットを強調。動画は院内サーバーにデータ保存されている。

 骨粗しょう症で骨が弱くなった高齢者は、転倒しなくても骨折していることが少なくない。松下は「高齢者が急な痛みで起き上がれない、歩けないときは骨折と思え。骨折は外傷に起因するという固定観念を捨てよう」と呼びかける。

 エックス線撮影で分からなければCT(コンピューター断層撮影)やMRIで診断し、80歳を超える人でも積極的に手術する。すぐにリハビリを開始し、何より寝たきりにしないことが重要だ。

 最善を尽くしてなお、障害が残ったり、後遺症が生じる場合もある。患者とともに自らも「明るく、楽しく、ポジティブに」と鼓舞し続ける。 (敬称略)

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 まつした・むつみ 京大医学部卒、同大大学院博士課程修了。岐阜市民病院などに勤務後、日赤和歌山医療センター整形外科部長、京大医学部助教授。2002年から倉敷中央病院整形外科主任部長。09年から副院長兼任。滋賀県の自宅で家庭菜園や園芸をたしなむ。

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 脊椎の構造 脊椎は脳の底部から背中へ伸びる中枢神経の脊髄を保護している。頚椎(けいつい)(Cervical)7個、胸椎(Thoracic)12個、腰椎(Lumbar)5個、仙椎(Sacrum)、尾骨が積み重なり、それぞれの椎骨は頭文字と上からの順番でC7などと表記される。椎骨と椎骨の間にはゼリー状の髄核と線維でできた椎間板のクッションが挟み込まれ、前と後ろから靱帯で覆って椎骨同士を連結している。それぞれの椎骨には穴があいており、トンネル状の脊柱管を形成。脊髄は脳脊髄液で満たされた脊柱管内に浮かび、椎骨の連結部から神経根を伸ばし、全身各部の末梢(まっしょう)神経系を構成している。

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 外来 松下副院長の外来は毎週月曜日(初診)と水曜日(再診)。予約制で初診は紹介状が必要。

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倉敷中央病院

倉敷市美和1の1の1

電話 086−422−0210

メールアドレス www−adm@kchnet.or.jp
  
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2011年04月04日 更新)

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