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(34)網膜硝子体疾患 岡山済生会総合病院・瀬口次郎眼科診療部長(56) 眼球内に器具挿入し手術 失明の危機救う

網膜の断層画像を撮影するOCT(光干渉断層計)など最新の設備を備える外来。「やはり発見が早いほど治療は容易。おかしいと思ったら早めに眼科へ」と瀬口診療部長

 脳で処理される膨大な情報の約8割は“目”から入ると言われる。それほど優れた感覚器なのだが、標準的な眼球の直径は成人でもわずか24ミリほど。十円玉ぐらいしかない。重さは約7グラム。五百円玉とほぼ同じだ。

 この小さな眼球の中で瀬口が専門とするのは、視細胞の集まる「網膜」や眼内を満たす透明なゼリー状の組織「硝子体しょうしたい」にかかわる病気。「症状が進めば視力や視野に著しい障害が出たり、失明に至る」場合が多く、これまでに手術だけでも2000を超える症例を手掛けてきた。

 老化や外傷によって網膜に裂け目や穴が生じ、水分が入り込んで膜がはがれる「網膜剥離(はくり)」もその一つ。眼底検査を行い、穴や裂け目があるだけならレーザーでその周辺を焼いて剥離を防げるが、すでに剥離が始まっていれば手術の対象となる。方法は「経強膜(きょうまく)法」と「硝子体手術」の2種類で、前者は強膜にシリコンを押しつけるなど主に眼球の外側から膜をくっつける。後者は眼球の中に極細の器具を挿入し、内側から膜を修復するのが特徴だ。

 「これをやりたかったのが眼科を選んだ理由の一つ」と打ち明けるだけあって、瀬口の真骨頂はこの硝子体手術にある。目の病気を内部から治す画期的な方法として、1970年代にアメリカで誕生。日本で広がり始めたのと時を同じく医師になった瀬口は、当初から意欲的にそのやり方を見、覚え、自分のものにした。

 まず白目の部分に0・5ミリ大の穴を3カ所開ける。そこから吸引カッターやライト、人工液などを入れ、顕微鏡で見ながら硝子体を細かく刻んで吸い出す―というのが手術の流れ。硝子体の混濁や出血を取り除くだけでなく、さらに眼内レーザーや特殊ガスを使って剥離した網膜を張り付けるなど、器具や薬剤を組み合わせることでその適応は広がる。

 局所麻酔で済み、小切開なので無縫合。術後も痛みはほとんどない。岡山済生会総合病院では現在、中高年の網膜剥離手術の9割超が硝子体手術だ。「ただ、白内障を起こしやすく、同時に白内障手術を行うのが望ましい」と瀬口。一方、カメラでいうフィルムや撮像素子のような重要な役割を果たす網膜は、厚い部分でも約0・5ミリ。操作を誤れば取り返しがつかず、熟練した技術を有する瀬口のもとには地域の眼科から紹介される重症患者が絶えない。

 「以前なら失明を救えなかった人でも大勢助けられるようになった」という網膜硝子体疾患。最近では、網膜の中心部「黄斑(おうはん)」が老化で傷む「加齢黄斑変性」の新たな治療法が注目を集める。アメリカでは中途失明原因のトップとされ、日本でも増加傾向にある。2008年から09年にかけて登場した「抗血管新生薬療法」は原因となるもろい血管の成長を阻害する薬物療法で、毎月1度、3カ月連続して眼球に注射するだけ。その後は必要に応じて行う。瀬口は「一部で視力の『改善』がみられ、『維持』も含めて約9割の人で効果が得られている」と説明する。

 後進を育てるポジションになって以降も、臨床の第一線に立つ瀬口。「これからも最新・最善の眼科医療を提供していきたい」と語るだけに、自らのスキルアップも怠らない。岡山県内外の眼科医たちとネットワークを築いて情報を交換。年に1度は岡山大医学部時代の先輩で、この分野の世界的権威である白神史雄・香川大医学部教授を病院へ招き、特に難治療の手術を執刀してもらう。

 失明はもちろん、思うようにものが見えなくなるだけでQOL(生活の質)は大きく損なわれる。「仕事を辞めざるを得なかった」「働こうにも働き口がない」…。診察に訪れる重症患者の中には深刻な環境に身を置くケースも目立ち、さまざまな相談に乗ることも少なくない。「家庭の事情や経済的な状況などは患者さんそれぞれに違う。ただ目の治療をすれば良いというのではなく、常に一人一人と同じ目線で向き合える眼科医でありたい」。そんな思いを胸に、瀬口は今日も患者に“見える喜び”を届けている。(敬称略)

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 せぐち・じろう 名古屋市出身。1981年に岡山大医学部を卒業し、同大付属病院や国立岡山病院などに勤務。三豊総合病院眼科医長などを歴任後、2007年4月に岡山済生会総合病院眼科主任医長、翌年4月から現職。

 2年前から体力づくりのために走り始め、「2012そうじゃ吉備路マラソン」(26日、総社市など)ではハーフマラソンに挑戦する予定。「2時間を切るのが目標」とか。

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 網膜剥離(裂孔原性網膜剥離) 網膜は光の刺激を視神経を通じて脳へと伝える重要な働きをする。剥離は特に50〜60代と20代で多く、若年層は進行が遅い。中高年層では加齢とともに硝子体が縮み、癒着した網膜が一緒に引っ張られて裂ける。その際、目の前を黒いものが飛ぶように見える「飛蚊(ひぶん)症」や暗所でも光を感じる「光視症」がしばしば起こる。網膜の中で特に感度の高い中央部を黄斑、さらにその中央の最も鋭敏な部分を中心窩(か)と呼び、剥離が黄斑まで及ぶと治療後の見え方の回復に影響する。

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 外来 瀬口診療部長の外来(初診)は火曜日午前(受付時間は10時半まで)。

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岡山済生会総合病院

岡山市北区伊福町1の17の18

電話 086―252―2211
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年02月20日 更新)

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