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(35)お産 倉敷成人病センター周産期センター 山崎史行センター長(60) 回復期まで同じ個室で 取り上げた赤ちゃん1万人超

昼食はスタッフ通路脇でおにぎり二つ。診察する母子の笑顔に支えられ、「忙しいのが好きですから」と走り続ける

 スタッフ通路に面する診察室の引き戸にB4大のクレヨン画が貼ってある。胸に小さな赤ん坊を抱きかかえる山崎。眼鏡の奥の目が優しそうだ。昨年小学校に入学したY君が4歳のころ、自分が生まれた時の写真をなぞって描いたのだという。

 母親は妊娠中に胎盤の一部がはがれてしまう常位(じょうい)胎盤早期剥離(はくり)の状態で、分娩(ぶんべん)後に出血が止まらず、全身の血管に微小血栓が生じるDIC(播種=はしゅ=性血管内凝固症候群)、敗血症を併発して生死の境をさまよった。

 山崎は母親に付き添い1カ月病院に泊まり込んだ。なんとか意識が戻った後も人工透析が続き、さらに3カ月病室へ通い続けた。「麻酔科や透析担当の先生が懸命に処置してくれているのに、ほっといて帰るわけにはいかなかった」と振り返る。好きなゴルフを絶ち、クラブを握りもしなかった。

 Y君は仮死状態で生まれたが、リハビリで元気に育ち、母親も支障なく日常生活を送れるまでに回復した。この親子のケースを支えきり、山崎は現在も28年間母体死亡ゼロを更新している。

 岡大医学生時代、実習で帝王切開手術を見学した。赤ちゃんが取り上げられて泣き声を上げ、幸せな気持ちに包まれたところに、「もう一人おるんじゃ」と執刀医が呼びかけた。双子だった。不思議な感動に揺り動かされ、産婦人科医局の門をたたいた。

 長らくお産は医師の指示通り、分娩台に固定されて行うものだった。山崎は2004年にオープンした倉敷成人病センター新病棟に新しい風を吹き込んだ。陣痛、分娩、回復期を同じ個室で過ごすLDR病室を6室建築。産婦が部屋を移動する必要がなく、生まれた赤ちゃんをすぐに母の胸に抱かせるカンガルーケアもスムーズに行える。

 木材を多用したぬくもりある室内は、医療機器がカーテンの背後やクローゼットに収納され、目につかない。ソファベッドもあり、家族も立ち会いやすい。感染症警戒で制限する場合もあるが、「家族一緒に赤ちゃんを迎えるのが一番」と願う山崎の考えに沿った設計だ。

 分娩の体位もあおむけだけでなく、横向きなどフリースタイルの介助も柔軟にこなす。「助産師が勉強してこうしたいと言ってくるので受け入れるだけ」と言うが、常に最先端の知見を勉強。麻酔科と協力し、背中から挿入したカテーテルを通じて麻酔薬を注入する硬膜外麻酔(和痛分娩)にも取り組み、痛みに耐えられない産婦の希望に応える。

 逆子の外回転術の名手でもある。妊娠後期を迎えても逆子が続く場合、超音波で確認しながら、おなかの上から手を添えて胎児を持ち上げ、回転させる。帝王切開のリスクを減らし、自然分娩できるよう心配りする。

 同病院は体外受精部門も備え、治療を重ねてやっと赤ちゃんを授かった産婦も少なくない。「以前は帝王切開率を下げるのを目標にしていたが、今は数字にはこだわらない。40歳以上の初産婦も増えているので、まず大事な赤ちゃんを健やかに産んでもらうこと」と、山崎の思いも変化してきた。

 産科医不足による“お産難民”が叫ばれて久しい。周辺の施設が次々にお産の扱いをやめていく中、同病院の出産件数は年々増加。新病棟ができた04年は977件だったのが10年は1651件に達し、昨年も1607件と高水準が続く。

 産科医一人一人の負担はますます重くなるが、山崎は主治医制を続け、外来で経過を診ていた医師が分娩にも立ち会うのを原則とする。山崎自身、取り上げた赤ちゃんは昨年だけで約720人、通算では優に1万人を超えるだろうという。

 正常時の健診や分娩介助は助産師が主に担う「院内助産所」体制も徐々に拡充。極端な低出生体重児や疾患のある赤ちゃんには対応できないが、「『予約がいっぱい』という理由ではいっさい断らない」と請け合う。

 産婦に付き添う母の顔を見て「どこかで見たことがある」と気づくケースが増えてきた。山崎が取り上げた子どもが成長し、次の世代の出産に戻ってくる。「でき得るなら三代目もと思うけど、さすがに無理でしょうか」。破顔一笑、疲れが吹き飛ぶ出会いだ。(敬称略)

※山崎先生の崎は「大」が「立」

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やまさき・ふみゆき 操山高、岡山大医学部卒。1983年から倉敷成人病センター勤務。ゴルフはハンディ8。家庭ではイタリア料理に腕を振るう。

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産科医不足 夜間や休日対応が求められる産科医が敬遠され、2004年度には日本産科婦人科学会に新入会した医師は全国で101人まで減少した。その後、関係者の努力で状況は改善し、10年度は491人の新人医師を迎えているが、将来の分娩数に対応する体制を整えるには、年間最低500人の新規専攻医が必要と見込まれている。

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カンガルーケア 生まれたばかりの赤ちゃんを母の素肌に胸と胸を合わせ、カンガルーのように抱かせる。1970年代、コロンビアで保育器不足の対策として始まり、授乳や育児への効果を期待して世界的に広がった。日本ではガイドラインも策定され、健康な正期産児は出生後少なくとも2時間、または最初の授乳が終わるまで続けることを勧めている。安全のため、新生児蘇生に熟練した医療者と機械による観察も求めている。

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外来 産科の受付時間は月~金曜日(祝日休診)午前9時~11時半、午後2時~4時半。山崎センター長は月、水、金曜日に担当。

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倉敷成人病センター

倉敷市白楽町250

予約センター 086―422―2112(平日午前9時~午後4時)

メールアドレス info@fkmc.or.jp
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年03月05日 更新)

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