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(3)8020運動 朝日医療専門学校岡山校校長 ベル歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 8020運動が始まったのは今から25年ほど前のことである。80歳で20本の歯を保とうという目標を表している。

 その当時、日本人の平均寿命はものすごい勢いで延びて、女性の平均寿命は80歳を超え、男女とも世界一の長寿国になった。第二次世界大戦で負けるまで、日本は先進国に追いつけ、追い越せを合言葉に国民が一体となって突き進んできた。追いつき、追い越す目標があったから頑張ったのだが、平均寿命が世界一になってしまうと、目標とする国が見つからない。真似(まね)をする相手がいないのだ。自分自身で目標を立て、進んで行かざるを得ない。しかし、どの国も経験したことのない急激な高齢化社会に挑戦するのだから、成功するかどうかも分からない。試行錯誤の時代になっていった。

 歯科界には変革の芽生えがあった。高齢化社会に対するいろいろな調査が行われた。100歳以上の人の口の中の状態を調べると、自分の歯で食事をしている人は4%で、47%は総入れ歯、45%は歯グキでご飯を食べていることが分かった=グラフ参照。100歳以上の人の92%は歯が全くないという事実は、歯がなくても長生きできることを示している。岡山大学歯学部のある学生はこの事実をもとにして、今の歯科医療をこのまま続けていくと、みんな歯が無くなってしまう、という結論を下した。この学生の結論が真実なら、今の歯科医療のあり方を考え直さなければならない。

 ある新聞社が100歳老人の一番の楽しみを調べたら、第1位はおいしいものを食べること、第2位は家族との語らい、第3位は眠ること、第4位は友人とのおしゃべり、と続いていた。この調査は歯科医療の今後を教えてくれている。歯がなくても長生きできることから、日本が世界一の長寿国になるのに歯科医師はそれほど貢献できなかった。しかし、長生きした人々が一番楽しみにしているおいしいものを食べることを確保することは、歯科医師にしかできない。まさしく、高齢者の生活の質(QOL)の維持が歯科医師の仕事である。

 愛知県豊田郡歯科医師会は住民検診をして、食べられる食品と残っている歯の数との関係を調べた。食品としては、マグロの刺し身、せんべい、たくあん、酢ダコ、ハンペンなどさまざまだった。その結果、8本以上歯を失った人は、酢ダコが食べられない割合が急に増えていた。この現象は、入れ歯を入れていても、入れてなくても同じ結果だった。入れ歯は、酢ダコを食べるのに期待するほど効果はない。親知らずを除いた人間の歯は28本あるから、酢ダコでも何でも食べるためには20本以上の歯が必要である。

 このデータは、保健所に勤務する歯科医師の間で評判になった。一生自分の歯で食べられる社会の実現に向けて、日本人の平均寿命である80歳で20本以上の歯を保とう。8020の誕生である。当時の厚生省と日本歯科医師会は8020運動を展開することを決めた。平成元年のことである。8020運動は日本の歯科界が世界に向けて放った最初の文化と言ってよいだろう。追いつけ、追い越せの文化、模倣の文化から脱却し、自分たち独自の標語を作り、国民の健康な生活を確保するための第一歩を踏み出したと言える。事実をもとにして論理を組み立て、結論に至る。その理論を実践し、評価する。これが模倣の文化から、独創性の文化へ脱皮する方法の一つだ。

 「あんた、歯医者だろう。歯医者だったら一生自分の歯で食べられるようにしてほしい」と言われることもある。8020推進財団の資料によると、1年間で1460万本の歯が抜かれている計算になる。一番多く抜かれる年齢は70〜74歳で、年間1人当たり0・24本の歯を失っている。平成17年、80歳で20本以上の歯をもっている人は20%強である。8020達成までにはまだ遠い。今の歯科医療を何とか変えなければならない。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年03月19日 更新)

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