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医療の文化 光生病院 理事長兼院長 佐能量雄

 ある医師が米国に留学していた時、妻の急病で救急病院を受診した。その受付で最初に医療費の支払い法を聞かれ、驚いたという。日本では「いかがされましたか?」という場面だ。米国では、医療費はめちゃくちゃ高く、保険に入っていなければ本当にお金で困るケースも多いのだろう。

 米国の医療自体の質は高い。効率や合理性が重んじられ、資本主義下の徹底した競争原理で 淘 ( とう ) 汰 ( た ) 、おまけに失敗すれば提訴という過酷な環境に置かれているからだろう。しかし、医療費は日本の数倍といかにも高すぎる。医療保険も民営が主体で、自己責任で保険のカバーする内容を十分に納得してから、高い保険料を支払う仕組みだ。

 これに対して、国営医療の典型が英国だ。「人頭割」と呼ばれる医療制度で、1人の決められた医師が約2千人の住民の健康管理や診療に当たり、必要な時には病院を紹介する。外来ではわずかな費用がかかるが、救急、入院医療ともに「ただ」である。医療の質は結構高いと思うが、日本のように医療機関を自由には選べない。

 もう一つ、ドイツの医療制度を紹介しておこう。合理的で立法の得意なドイツ人は、まるで「後出しじゃんけん」のような制度を作っている。医療の質は高いが、予算が決まっていて提供した医療の量で割られて医療行為の単価が決まる。医師は必死に働くのだが、診療報酬は後で決まるという医師にとってはとてもつらいルールである。医師があふれてタクシーの運転をしているというが、これも実は在宅医療や老人ホームの急変患者に対応するために待機しているという事情がある。国によってここまで医療の文化が違うのか?

 厚生労働省は4月から診療報酬を0・004%上げるが、日本は医師不足、看護師不足で、いまだ医療崩壊の危機にひんしている。どうか献身的な医療スタッフに支えられた日本の医療制度を、大切に育てていただきたいとつくづく思う。

(2012年3月8日付山陽新聞夕刊「一日一題」)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年03月08日 更新)

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