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(8)歯周病 朝日高等歯科衛生専門学校校長(旧ベル歯科衛生専門学校) 渡邊達夫

 歯周病(歯槽膿漏のうろう)にかかると歯グキから血が出て、硬いものが噛かみにくくなり、口臭がして、歯が動きだす。そしてついには歯が抜けていく病気である。その原因は歯垢や歯石だから、歯科医院に行って、ブラッシングの方法を教えてもらったり、歯石を取ってもらわなければならない。1921年、日本が国際連盟に加盟し常任理事国になったころに出版された本に記載されていた歯周病の治療法である。それより前、明治時代の歯科医院の看板にも抜歯と並んですでに歯石除去の項目が掲げられていた。だから100年以上も歯周病の治療方法は変わっていない。

 歯周病の研究で最もインパクトがあるものをグラフに示した。1966年に発表されたものだが、新潟地震と東京オリンピックが1964年、中国で文化大革命が起こり、ビートルズが来日したのが1966年である。

 この研究は歯磨きが上手な学生を集めて2週間、歯磨きをやめてもらい歯肉の変化を調べ、その後歯磨きを再開したものである。歯磨きをやめると歯垢がたまり、4日目ごろから歯肉の炎症が起こってきた。2週間後に歯磨きを再開してもらうと、当然歯垢はきれいに取れるが、2~3日して歯肉炎も治まってきた。この実験結果、すなわち歯垢がたまると歯肉炎が起こり、歯垢が取れると歯肉炎が治まったという事実を元にして、「歯垢が歯肉炎の原因である」という結論が得られた。歯肉の炎症が広がって歯周炎になる。だから、歯肉炎、歯周炎の予防や治療には歯垢を取り除くことが根治療法である、と考えた。明治時代から言われていた歯周病の考え方を実験で証明したものとして注目される。

 この実験を岡山大学歯学部生の協力を得て追試してみたがバラツキが大きく、こんなにきれいなデータにはならなかった。それはさておき、歯垢という細菌の塊が歯肉炎、歯周炎の原因だから、歯垢を取りましょうということは説得力がある。

 は、前述のグラフを発表した学者のグループが1964年に発表したものである。歯垢が最もよく付いているのが歯と歯の間だ。また、歯と歯の間から歯肉の炎症が始まり、広がっていくことが分かっていた。この二つの事実の共通項は、歯と歯の間である。共通項をくくると新発見につながることがある。歯垢が歯肉炎の原因で、二つの共通項が歯と歯の間。だったら、歯と歯の間をブラッシングすればよい。

 歯科保健指導と称して私たちは患者さんの歯を赤く染め、「ここが汚れています」「まだ、ここが磨けていません」と指摘し、「ああしなさい、こうしなさい」と指導してきた。言われただけではなかなか実行できない。「歯と歯の間を磨いてください」とある患者さんに言ったら、その方は手鏡を見ながら歯と歯の間に歯ブラシの毛先を突っ込んだ。歯と歯の間のブラッシングする方法は、これだと思った。「つまようじ法」の原型である。

 次の患者さんには「歯ブラシの毛先を歯と歯の間に押し込んでください」と指導した。「はい、はい」と言ってくれるが思うようにいかない。そこで、歯ブラシを借りて「こうやってやるんですよ」とその人の口の中を磨いた。その方、「これは気持ちがよい」と言ってくれた。「豚もおだてりゃ木に登る」のたとえ通り、うれしくなって次から次と患者さんの口を借りて、歯ブラシの毛先を歯と歯の間に突っ込んだ。しばらくすると「このごろ、硬いものが噛めるようになった」「歯の動きが止まってきた」「口臭が無くなった」という患者さんが出てきた。1980年、巨人の王貞治が現役を引退し、広島がパリーグの覇者近鉄を破り、日本シリーズ2連覇をしたころのことである。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年06月18日 更新)

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