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(2)新型うつ病 万成病院副院長 清水義雄

しみず・よしお 倉敷古城池高、岡山大医学部卒。岡山県精神科医療センター、米国ロックフェラー大留学、国立病院機構岡山医療センターなどを経て、2009年から万成病院に勤務。日本精神神経学会指導医・専門医、精神保健指定医。

 みなさんは「新型うつ病」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。近年、病院や診療所の精神科や心療内科に自ら受診する人が増えました。その中には「落ち込んで元気がでない」と訴える方は少なくありません。その時、まず精神科医がしなければならないことは、その方が治療法の確立しているうつ病なのか、そうではないのかを診断することです。しかし実は、それは容易なことではないのです。精神科の診断は主に問診によってなされますが、1回の診察や本人の自己申告だけから診断を導き出すことは、特別に明らかな症状や経過を示している方以外は難しいものなのです。

 一方で1980年代から用いられているうつ病の診断基準は極めて単純なもので、それを利用するだけではうつ病とうつ病以外のうつ状態を区別することはできません。最近ではインターネットで自己採点をして、「自分はうつ病でしょうか」と外来を受診される方もおられます。

 そこで典型的にはもともと几帳面(きちょうめん)で真面目、気を使う性格の方がはっきりとした原因がないにもかかわらず発症するうつ病なのか、そうではない、いわゆる新型うつ病なのかを鑑別する必要があります。ここで、いわゆるとただし書きをしたのは、新型うつ病の医学的に明確な定義はないためです。新型うつ病は正式な病名として使われることはありません。ちまたで耳にする時には、うつ病以外のうつ状態を示していることが多いようです。

 例えばこの方はうつ病でしょうか。29歳男性、会社員。顧客とのトラブルがきっかけで休職するようになり、数カ月の休職の後復職しました。職場ではトラブルとなった顧客の担当を外し、残業や出張も制限するなどの配慮を行いました。しかし、復職後も体調不良を理由に遅刻することが多い一方で、休職中にも飲み会には参加する、趣味や旅行はできているとの情報もありました。保健師から本人にそれとなく確認してみましたが、「なんて思いやりのない職場ですか。うつには休息が必要です」と激高されました。その後もよく遅刻していましたが、上司は同僚の部下たちに示しがつかないことを気にしながら様子をみていました。しかし夜に遊んでいるところを目撃したとの情報が相次いだため、上司が職場の就労規則を説明し解雇もあり得ると告げたところ、その後は遅刻することもなくなりました。この方はうつ病とは考えにくい状態と思われます。

 うつ病と新型うつ病を含むそれ以外の状態を鑑別しなければいけない理由が二つあります。まず、新型うつ病にはうつ病に有効な抗うつ薬が効きません。焦燥感や自殺企図の増悪など、むしろ状態を悪化させることがあるので注意が必要です。次にうつ病の治療の基本である休養では良くなりません。うつ病では、仕事だけではなく自分の好きなことも楽しめない状態となりますが、「休職中、趣味や旅行を楽しんでいる。休んでいる自分を責めることはなく、むしろ職場や他人ばかり非難している」方はうつ病とは考えにくい状態です。職場の同僚の協力を得て休めば良くなる状態ではないのです。

 うつ病には抗うつ薬が有効です。最近では精神科以外の医師も抗うつ薬を処方し、良い経過が得られていることもありますが、「落ち込んで元気が出ない」状態がすべて抗うつ薬で解決できるはずはなく、医療者側も受診者側も注意が必要です。その状態はうつ病なのか、うつ病ではないのか、医療で対応するのが適切なのか、そうではないのか、ケースごとに考えて対応する必要があると思います。理由があって悲しくなったり、悩んだりすることは病気ではありません。その悩み方や悲しみの程度は人それぞれです。うつ状態であってもうつ病であるとは限らないということを心にとめておく必要があるでしょう。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年06月18日 更新)

タグ: 精神疾患万成病院

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