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アメリカ人の正義 倉敷成人病センター 前理事長・総院長 新井達潤

 マイアミに隣接するフォート・ローダデール(FL)で開催された春の学術集会に出席したときのことである。成田で前泊し13時間ほどのフライトで昼前に中継地シカゴ空港に着いた。ここで7時間待ってやっと出発時間になった夕方、飛行場が吹雪に見舞われた。滑走路や飛行機の除雪、防氷で遅れシカゴ離陸が夜の9時、FL到着が午前1時、ホテルに着いたのは午前2時であった。成田を出てから30時間。疲れが重くのしかかっていた。

 ホテルの広いロビーはガランとして、受付カウンターの左端で受付嬢が2人の老婦人を相手にしているのみであった。私はこの老婦人方の4、5歩後ろに並んだ。連れはソファに倒れ込んで動かない。婦人方の話は長い。受付嬢は根気よく聞いていた。

 そこに3人組のでっぷりとした白人男性が入って来てカウンターの右端に陣取り声高に談笑を始めた。その声を聞いてか新たな受付係が現れカウンター中央に立った。ヒスパニック系の30代半ばのキリッとした男性であった。すると当然のように、そして私が予感したようにカウンター右端にいた3人がスッと彼の前に並んだ。私は思わず舌打ちをした。ズルい、私が先だ。私はずっと待っているんだ。でも、どうする…。

 その時であった。かの受付男性が私を指さしながらよく通る声で言った。「彼が先です」。彼は3人組を押しのけるように手を伸ばし私を招いた。3人組は私を一瞥した。が、黙って右端に戻った。私は感激した。大げさであるが私はアメリカの正義を見た思いであった。言うべきことをはっきり言う勇気。アメリカのマイノリティーであることが彼をより毅然とさせたのかもしれない。どちらにせよ旅の疲れが飛んでゆく爽快感を感じた。

(2012年7月14日付山陽新聞夕刊「一日一題」)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年07月14日 更新)

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