文字 

(10)歯周病と「つまようじ法」 朝日高等歯科衛生専門学校校長(旧ベル歯科衛生専門学校) 渡邊達夫

 「先生、この頃硬いものが噛めるようになってきました」

 「歯がしっかりしてきました」

 「歯グキが腫れなくなりました」

 「もう、歯磨きしても血は出ません」

 「家内が口臭のことを言わなくなりました」

 「歯に不安はまったくなくなりました」

 「先生と出会っていなかったら、今頃もう総入れ歯になっていたでしょう」

 嘘でもいいから、こんなことを言われると歯科医師冥利に尽きる。歯周病は治すことができない、進行を食い止めるのが精いっぱいだ、と学生時代に教わった。45年も前の話である。しかし、患者さんのこんな声を聞いていると、歯周病が治っているのではないかと思いだした。

 「歯がしっかりしてきた」というような感想を複数の人が言ってくれるということは、その人たちに共通した真実があるはずだ。科学的手法の一つに、共通項から真実を見つけだす方法がある。「つまようじ法」をすると歯周病による歯の動揺が止まるかもしれないと思い付き、検証してみることにした。初診の患者さんの歯の動揺をピンセットで調べてから「つまようじ法」を実施し、1カ月後にもう一度検査をした。見事、歯の動揺が改善していたのだ。

 歯科医師が歯周病の歯を抜く基準として、歯を支えている骨が無くなった場合、歯が動く場合、歯が痛くてどうしようもない場合などがある。レントゲンを撮って、歯を支えている骨が無くなっているから抜歯することがあったが、今使えている歯を抜く理由はない。グラグラになるまで歯を残しておくと、総入れ歯にした時入れ歯が安定しないから早く抜け、と言われた時代もあったが、今はしない。歯科医療の考え方が変わってきたのだ。

 深沢七郎の「楢山節考」で、おりんばあさんが石臼に歯をぶつけて抜き、口から血を出しながら村の中を歩く部分がある。歯が全部なくなった老人は、お山に捨てられるという風習がその村にはあった。口減らしのためである。おりんばあさんは歳をとっていたが、歯がたくさん残っていたので村の子供たちから、お化けと言われていた。そんなことで、おりんばあさんは自ら歯を抜くことを決意、息子に背負われお山に行くのである。息子の背でおりんばあさんは、1本1本小枝を折って道に捨て、息子が村に帰る道を間違えないように目印を作った。

 ハンガリーでは歯が無くなった老人は森に捨てられるという昔話がある。歯が1本だけ残っているおばあさんが、その歯に糸を巻きつけ、一方の端をドアの取っ手に巻きつけた。そして息子の嫁を呼んで、嫁がドアを開けたとたん、ばあさんの歯が抜けた。ノルウェーではお嫁に行く時、嫁ぎ先に歯の治療費の負担をかけないように全部の歯を抜いて総入れ歯にしてからお嫁に行ったという話もある。

 時代は変わって、今は、如何に自分の歯を長持ちさせるかが課題である。「つまようじ法」を実行すれば歯の動きも改善される=グラフ参照。歯グキからの出血もなくなり、歯グキが腫れることもない。痛みも出ないし、口臭も改善する。少しぐらい動いている歯でも、隣の歯とつないで固定すればちゃんと使える。歯周病だからと言って歯を抜く根拠はなくなった。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年07月16日 更新)

タグ:

ページトップへ

ページトップへ