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(12)歯石除去はヒポクラテスの時代 朝日高等歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 歯周病の予防、治療は細菌を取り除こうとするよりも、歯グキを強くする方が効果的であることが分かってきた。そもそも歯石除去はヒポクラテス(紀元前460―370年頃)の時代から行われていた。それが歯周病の治療法として21世紀まで続いている。そんなに古くからある治療法が現在も行われ、しかもその病を克服できず、歯を抜かざるを得ないのは、ヒポクラテスの時代から学問が進歩していないことを意味する。

 ヒポクラテス以前は、病気は神様の仕業であると考え、人々はお祈りをして病気から逃れた。これに対し、病気は環境や食事、生活習慣によっておこる自然現象であるとヒポクラテスは考えた。日本では高床式住居、水田稲作、弥生式土器の頃になる。ヒポクラテスのこの発想は今でも受け入れられ、医学の父として崇(あが)められている。

 医療技術は18世紀に病理解剖学が生まれると、急激に進歩した。人工授精に成功したのも、ジェンナーが天然痘の予防接種を開発したのも18世紀である。華岡青洲が全身麻酔で乳がんの手術をしたのは19世紀初頭で、ジェンナーから10年もたっていない。この時代になるとヒポクラテスの医学も痛烈な批判にさらされた。しかし、医者としての心構えは今でも引き継がれている。「よいことをするか、できなければ、少なくとも悪いことはするな」もヒポクラテスの考えの一つである。

 さて、歯石は歯周病の原因であると考えられているが、これを支持するデータはあまりない。歯石を取ると歯グキからの出血は一時的に止まる。しかし、また元に戻ってしまう。そこで、3カ月に一度ぐらいは歯石を取りに歯科医院に行きなさいということになる。歯の表面についた細菌の塊(歯垢=しこう)に唾液のカルシウムがついて硬くなり、歯石になる。だから歯垢をためないような歯磨きをすれば歯石はできない。実際、「つまようじ法」を実践している人に歯石は少ない。

 歯グキの下(歯周ポケット)に出来た歯石を歯肉縁下歯石と言う。歯肉縁下歯石は黒い色をしていて、目に見える歯肉縁上歯石(下の前歯の裏側や上の奥歯の外側に出来る白っぽい歯石)とは区別する。歯肉縁下歯石の黒色は、血液のヘモグロビンの鉄が酸化したからで、歯肉縁下歯石が出来るとき、血液が歯周ポケットの中にあった証拠である。出血している所、すなわち炎症があるところに歯肉縁下歯石が出来た。

 歯肉縁下歯石がなくても歯周病にかかる人もいるが、多くの患者さんが歯石を付けている。この相関関係から、炎症の結果できた歯肉縁下歯石を炎症の原因と考えてしまったのである。「つまようじ法」をやっていると、歯肉の腫れが引いて今まで隠れていた黒い歯肉縁下歯石が見えてくることがある。炎症の原因が残ったまま炎症が引いていくと考えるのも変だ。このように相関関係を因果関係と思いこんでしまう間違いは結構多い。

 「風が吹けば桶屋(おけや)が儲(もう)かる」ということわざが、江戸時代の「世間学者気質」に書かれている。風が吹けば砂ぼこりが舞い上がり、目に入る。そのため目が見えない人が増え、その人たちは三味線を弾いて生計を立てているので三味線がよく売れる。三味線は猫の皮を使うから猫が殺される。ネズミを取る猫が減ると、ネズミが増える。ネズミは桶をかじるからネズミが増えると桶の注文が増え、桶屋がもうかる。こんなストーリー、全く否定はできないが、あり得ない因果関係に無理やりこじつけてしまう譬(たと)えに使われる。歯周治療における歯石除去もこの譬えに似ている。

 歯周病はどうやって予防し、治療すればよいのか。その回答が「つまようじ法」である。「つまようじ法」は歯グキを強くし、細菌感染から身を守る。今までの治療法とは考え方が違う。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年08月27日 更新)

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