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(13)歯周病モデル 朝日高等歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 糖尿病を研究する時、ネズミに糖尿病を起こさせて実験することがある。高血圧の場合も高血圧になるネズミを買って研究をする。がんの研究ではウサギの耳にコールタールを塗って、がんを起こさせた山極―市川の研究は有名で、がんが化学物質の刺激によって発生することを明らかにした。この業績で、2人はノーベル賞候補になったが、最終選考でデンマークのフィビゲルの「寄生虫による人工がんの発生」に敗れた。この1926(大正15、昭和元)年は、その前年に治安維持法、普通選挙法が公布され、1年後に昭和金融恐慌、山東出兵があった。ノーベル賞が始まって25年たっていたが、選考委員の1人が「まだ、東洋人には早すぎる」と言ったとか。確かにノーベル生理学医学賞の受賞者は200人近くいるが、そのうち東洋人は利根川進ただ1人である。

 モデル動物があれば歯周病研究も進展は速い。しかし、適当なモデルはなかった。秋吉正豊はネズミのベロを縛って、5日後にベロの先端が自然に落ちる実験をした。1日目、ベロの先端は貧血状態になった。2日目、ばい菌がベロの先端に侵入していた。3日目、ばい菌はベロの先端全体に繁殖したが、縛ってある所には白血球が何層にも集まっていて、ばい菌の侵入を防いでいた。4日目、縛ってある所の上皮が伸びてきていた。5日目、ベロの先端は自然に落ちて短くなったが、上皮できれいに覆われていた。この実験結果から秋吉は、口の中のばい菌の毒力はそれほど強くなく、免疫が正常に働いていれば身体に侵入することはない、と結論した。歯周病は、身体の抵抗力が落ちた時に進行するようだ。考えて見れば、夜更かししたり、熱が出たり、くたびれた時に、歯グキが腫れたり、痛んだりする。

 秋吉の研究を参考に歯周病モデルを作ろうと、イヌの下あご右半分の血管を縛って貧血状態を起こそうとしたが、血管の脈動で縛ってあった針金が伸びて外れてしまった。絹糸で縛っても反対側の血管が伸びてきて局所に血液を送りこんでいた。想像以上に生命力の強さを思い知らされた。このモデルは動物愛護の指摘を受け、これ以降は中止した。国鉄が分割民営化され、瀬戸大橋が開通したころだった。

 次に、ネズミの歯グキに細菌の毒素を入れて歯周病モデルを作ることにした。難しい方法であったが、このモデルを確立することに成功した。その結果、歯周病は細菌をやっつけるよりも歯グキの抵抗力を強める方が効果的であることが分かった。それが、たまたま「つまようじ法」と結び付いたのだった。

 このモデルを使って実験しているうちに、大学院生(江国)がネズミの肝臓が赤く腫れていることを発見した。それは脂肪肝だった。多量のアルコールを長期間飲んでいる人に起こるアルコール性脂肪肝炎は知られていたが、アルコールを飲まない人に起こる非アルコール性脂肪肝炎の原因はまだはっきりしていない。歯周病モデルネズミが非アルコール性脂肪肝炎になったのである。歯グキにつけた細菌の毒素によって活性酸素ができることは分かったが、それが脂肪肝の誘因になっているように思える。この活性酸素はくせ者で、細胞のがん化(DNA変性)、糖尿病の悪化、老化、脳血管疾患、炎症などに関わっている。

 また、人間の歯周病はなかなか治らないのに、ネズミの歯周病は細菌の毒素を塗るのを止めると元の健康な状態に戻ってしまう。ネズミの生命力は強くて、ヒトとは違うのだと考えた。ところが研究仲間の友藤がネズミにコレステロールを食べさせたところ、血中コレステロールは上昇し、歯周病が悪化したのである。コレステロールを食べさせただけでもDNA(核酸)の変性が起こり、そこに細菌の毒素が加わるともっと激しくなるのである=グラフ参照。先進国の人の半数以上がかかっている歯周病、コレステロールの影響もあるのだろう。歯周病とメタボリックシンドロームの関連が見えてきたような気もする。 (敬称略)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年09月03日 更新)

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