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(15)目的に合った歯ブラシ 朝日高等歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 お口の健康に歯ブラシは欠かせない。しかし、歯ブラシを作る人も使う人も、また教える人も歯ブラシについてそれほど考えていないように思う。その人のお口に合った歯ブラシを使いましょうというけれど、口の大きい人には大きな歯ブラシ、子どもには小さな歯ブラシを、というのは専門家でなくても分かる。ここで歯ブラシについて考えてみよう。

 野生のチンパンジーが、つまようじを使っている映像が近年、流された。これをヒトの歯磨きの原型と見ることもできる。インドでは歯木(しぼく)という木の枝を1センチぐらい噛(か)んでつぶし、それで歯と歯の間を掃除する風習が今でも残っている。この方法はお釈迦(しゃか)様(紀元前463?―383?年)によって広げられたといわれていて、歯木も仏教の伝来とともにわが国に入ってきた。道元(1200―1253年)はこの歯磨き方法を「正法眼蔵」の洗面の巻で紹介している。口の衛生は宗教と関連していて、身を清めてからお祈りをする作法の一つだという。イスラム教の教祖、モハメッド・アブドゥッラーフ(570頃―632年)は「歯磨きをする1人の信者は、歯磨きをしない7人の信者に勝る」と言っている。どのように解釈したらいいのだろうか。歯磨きをする人が褒められていることは事実だ。

 現在の歯ブラシと同じような形ができたのは、10世紀ごろの中国だとされる。象牙に穴をあけ、動物の毛を埋め込んで作ったものだった。清少納言や紫式部が生きていたころで、そのころの絵巻物「病草紙」に、ようじで歯を磨いている女の隣の一女性がたもとで口を覆っている絵があり、「都に女あり、……他所にいる男、心尽くしたけれど、息の香、あまりにも臭きて、近寄りぬれば、鼻を塞(ふさ)ぎて逃げぬ、……」と書かれてある。「つまようじ法」を教えてやりたかった。

 中国と同じような歯ブラシが西洋で使われだしたのが17世紀で、日本では明治の後期(19世紀)である。当時は毛の植わっている部分が5〜6センチもあり、歯の外側を磨くことだけを考えていたようだ。大正時代になると、歯磨きでムシ歯予防をしようと考えるようになった。20世紀中頃、疫学がはやりだすとさまざまな説が検証されるようになった。歯磨きの3―3―3方式がムシ歯予防に成功したと発表されてから、「ムシ歯予防に歯を磨こう」が世界中を駆け巡った。しかし、この研究は研究対象が偏っていて、間違った結論を出してしまったが、口伝えで今でも信じられている。だから、ムシ歯予防用の歯ブラシがほとんどで、これらは歯垢(しこう)を取り除こうとしているから、毛がいっぱい植わっていて、大きめの歯ブラシになってしまう。

 歯周病の予防・治療は歯グキを強くする必要から、それに合った歯ブラシを使う。歯肉の炎症は歯と歯の間から起こり、周りに広がっていくので、歯と歯の間を刺激しなければならない。私たちが開発した歯ブラシ(pmj V―7)は毛が植わっている部分が小さくて、口の中で操作しやすく、歯と歯の間に入りやすい。毛の硬さは普通で11ミリの長さ、一束に50本の毛が植わっている。歯ブラシが長持ちするようにキャップを付けた。その歯ブラシで150グラム重の力、1カ所10〜15秒間、歯グキを刺激すると最も細胞が増える。150グラム重の力とは、消しゴムで文字を消す時の力に相当する。歯グキの細胞を増やすことが最も大切だが(宿主強化論)、歯ブラシの毛先が当たっている所しか細胞増殖は起こらない=グラフ参照。「つまようじ法」は歯と歯の間に毛先を突っ込むので歯周病に効果があるのだ。また、電動歯ブラシの刺激も細胞増殖を促すが、歯と歯の間に入りやすい毛先のもの(歯間クリアブラシ、パナソニック)を使う必要がある。電動歯ブラシは、1カ所5秒間で手動歯ブラシと同じ効果が出る。しかし、細かいところは手動歯ブラシより劣る。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年10月01日 更新)

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