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(10)うつの人への接し方 慈圭病院院長 堀井茂男

ほりい・しげお 香川県立高松高、岡山大医学部卒。積善病院、国立療養所久里浜病院、岡山大学病院を経て1986年から慈圭病院、2007年から同病院院長。精神保健指定医・判定医、日本精神神経学会認定医・指導医、日本心身医学会認定医・指導医。岡山県精神科病院協会長、日本精神科病院協会常務理事、岡山いのちの電話協会長など兼務。

 これまで9回にわたり、うつ病についてのお話をしてきました。今回が最終回ですので、うつ病治療についてのまとめをしておきたいと思います。

 うつ病・うつ状態の症状について表1に示します。うつ病と単なる落ち込みとの違い、うつ病となまけの質的な違いについて、しっかりとおわかりでしょうか。病的なうつ状態は、はるかに強い悲哀感が、長く、苦しく、生活の障害程度もはるかに深いのです。また、なまけの場合は「まあいいか」と考えるのに対し、うつ病の場合は「やらなければ」と気ばかり焦って現実にはできないために自分を責めてしまう傾向があります。

 うつ病、うつ状態の治療にあたっては診断、特に双極性感情障害(躁=そう=うつ病、双極型)や新型(現代)うつ病との鑑別が重要だということは本シリーズ第2回、第3回でも述べています。難治であるとか、ではなく治療方針が異なってくるので大切なのです。うつ病の治療方針については、今年、日本うつ病学会が治療ガイドライン(「大うつ病性障害の治療ガイドライン2012ver.1」)を公表しています。ここでも診断の大切さがうたわれています。うつ病の疑いのある場合は信頼できる医師に相談、専門医を受診、また他医に意見を聞くセカンドオピニオンを利用してきちんと診断を受けましょう。

 うつ病治療は、休養とこころの支え(精神療法)と薬物療法が中心です。十分な休息と十分な量の薬物量と服薬期間が大切とされます。精神療法の中の認知の歪(ゆが)みを是正していく認知療法は有用ですが、まずは休養とお薬からはじめることをお勧めします。その他、リハビリテーション(生活・環境療法)、高照度光療法、修正型電気療法(難治性の場合有効です)、断眠療法、磁気刺激療法などがあります。精神科専門医に相談されるとよいと思います。

 うつ病、うつ状態の人のこころの経過をみてみると図1左のようになります。真面目、几帳面(きちょうめん)な人が何かに自信をなくし、不安、ゆううつ、沈んだ気分になります(うつのとらわれ)。さらに何事にも興味がわかず、楽しくなくなり、疲れやすく、集中力の低下がおこります。食欲もなくなり、朝の気分が優れず、体調が悪くなっていきます。そして、心配事が頭から離れず、自分はダメな人間だと思い、皆に迷惑をかけている、死んだ方がましだ、と悪いほうへ悪いほうへ考えていきます(うつの悪循環)。治療はこれをこころの支えと薬で修正していくことになります。認知療法もこれを克服する一つの方法ですが、私は、森田療法と内観療法を併用した「五つの“あ”療法」を提唱しています。

 まず、きちんとした診断からその事実を客観的に認識し(両面観)、症状にとらわれず、あるがままの行動をとるように説明します。うつ病では休養が重要であり、まず休養がなすべき行動になります。服薬もプラスのあるがままの行動につながります。そして、うつ病者を支える、具体的な、理解に容易な言葉として、焦らず慌てず、という言葉で支えます。“焦らず”は、不安、自暴自棄的なる傾向を指摘しゆとりを持つように、“慌てず”は、現時点で急な展開を求めるべきでなく少し時間的猶予を…、ということです。これを森田療法的に説明すると、焦りは、客観性を欠いた一面的な考えでその場を解決しようとしているのではないか、両面感が必要なのではないのか、精神的ゆとりがないのではないのか、慌てているのは、とらわれにより悪循環に陥っているのではないのか、時間的余裕がない状態ではないのか、ということです。

 私たちはさらに、“諦めず”という言葉をつけてうつ病者を支持します。それは、うつ病は病相を持つ、つまり、必ずよくなるのが特質であり、うつ病者にも希望が不可欠であり、焦らずに待つだけでは安心できないからです。そして、内観療法的思考で、私たちは一人ではない、家族の中の一人、社会の中のかけがえのない一人であることを忘れず、“あるがまま”に毎日をおくり、その無事に感謝の気持ちを持って過ごしましょう(“ありがとう”)、と支えていくことにしています=図1参照

 うつ病は10〜15人に1人が一生のうちに経験すると言われています。自殺とうつ病による経済損失が年間2兆7千億円と推計されるなど、精神疾患による社会的損失の大きさが理解されるようになり、がんや脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病と並んで重点的に対策すべき5疾病の一つとして各県地方自治体でも地域医療計画の充実が図られつつあり、中でもうつ病には重点的な対策がとられる予定です。誰にでもおこりうる病気の一つとしてうつ病を理解し、回復を援助するとともに、私たち一人ひとりが「五つの“あ”療法」の気持ちを忘れずに、こころの健康に留意していければ!と思います。

おわり
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年11月05日 更新)

タグ: 精神疾患慈圭病院

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