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(17)抜 歯 朝日高等歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 抜歯と言う風習は旧石器時代からあった。古代メソポタミア文明のハムラビ法典(約4000年前、レプリカが岡山市立オリエント美術館にある)には「もし人が彼と同格の人の歯を落とした時は彼の歯を落とす」と言う条文があり、害を与えた以上の報復は受けない具体例とされている。日本では、笠岡市の津雲貝塚から発掘された成人の頭蓋骨全てで、上顎左右の犬歯が抜かれていた(縄文時代後期)。これは意図的に抜歯されたもので、成人に達した時の儀式として行われていたようだ。他の遺跡からの頭蓋骨は、上下左右の犬歯に加えて、下顎左右の犬歯や下顎前歯も抜かれていて、結婚とか肉親の死とかの通過儀礼として抜歯したという説がある。

 16世紀、ヨーロッパに砂糖がたくさん輸入されるようになるとムシ歯が急増した。当時はまだムシ歯の予防法もなかったし、治療法もなかった。痛みから解放されるためには抜歯しかなかった。歯抜き師は街でテントを張って抜歯した。抜歯する前に鎮静作用のある薬草を煎じたものを飲んだ。そこには必ずストリートオルガンがあって、歯を抜かれる人の悲鳴をかき消すのに十分な音量で奏でられていた。

 21世紀、歯は抜いたらいかんと言う時代である。「歯が抜けるたびに 気力も抜けていく(篠原童子)」。「歯が抜けるより、髪の毛が抜ける方がいいわね」とご主人に言った奥さんもいた。歯医者は歯を抜く技術を持っているし、歯を削り、入れ歯を入れる技術を持っている。これは歯医者の業務独占になっているが、歯医者は国民の歯を守るためにあり、ひいては国民の健康な生活を確保するためにある。国民が健やかに美しく老いるために、一生自分の歯で食べる社会を実現する、これが歯医者の願いである。

 歯を1本抜くと、残った歯に負担がかかる。成人には28~32本の歯がある。27本になっても残った歯の負担はそれほど大きくないが、26本以下になると1本減るごとに負担が過大になる=グラフ参照。20本以下しかない人では、残った歯への負荷は急に上昇し、その負荷に耐えられなくなった歯から動きだす。その歯が抜けると次の歯の負担はさらに増大する。残った歯への負担が過大にならない限界といえば、26本までかもしれない。8020運動の80歳で20本以上の歯という基準では、残っている歯への負担がかかり過ぎているように思う。

 歯周病で動いている歯がある場合、ものを噛かむ能力にどれほど影響が出るかを調べてみた。年齢、性別、歯の数が同じで、動く歯がない人の集団と動く歯が5本強ある人の集団を比べた。噛む力と歯にかかる圧力の平均値は二つの群間では差がなかった=表参照。両グループとも26本強の歯があるから、まだ歯への負担が大きすぎるという段階ではない。もし、ここで動いている歯を1本抜いたとすれば、残っている歯への負荷が大きくなり、その歯の動揺はさらに増すという悪循環が始まる。そうなると数年のうちに5本強の歯が抜かれる運命になる。一生自分の歯で食べよう、という夢は消えてしまう。

 大昔、成人した証しに歯は抜かれた。中世は痛くてどうしようもないから抜いてもらった。21世紀の日本、超高齢社会(65歳以上の人口が21%以上)。お年寄りの一番の楽しみが、おいしいものを食べること。どんなにお金を払って作った入れ歯でも自然の歯ほど噛めていないことも分かった。やっぱり歯は抜いたらアカン、削ったらアカン。30年前のNHKの英会話の本に「人生とはまさにお金を手に入れ、髪の毛と歯を手放さないようするための、永遠に続く戦いのようなものである」と言うのがあった。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2012年11月19日 更新)

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