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(53) 網膜硝子体手術 川崎医大病院 桐生純一眼科部長(49) 精緻な技術、5000例執刀 低侵襲、予後も大幅改善

「積極的に網膜に触る手術が増えたが、技術の進歩で患者負担は少なくて済むし、社会復帰も早くなった」と話す桐生部長

 「あまり理由はないんだよね」。なぜ眼科医の道に進んだのか問うと、桐生は笑って答えた。「でも、眼科を選んで良かったと思う」と振り返る。医師になって25年、失明の危機にあった数多くの患者を救ってきた。

 例えば日本で160万人以上が罹患(りかん)し、毎年3千人が失明するといわれる糖尿病網膜症。糖尿病の合併症の一つで、光を感じる網膜の毛細血管が詰まり、そこにもろくて破れやすい新生血管が増殖。突然大出血し、眼球内部を満たす硝子体が濁ったり網膜が剥離して著しく視力が低下する。

 「緑内障と並ぶ、失明の2大原因です」と桐生。自覚症状がないので、放っておくと知らぬ間に進行する。重篤化した際の有効な治療が、硝子体に器具を挿入して濁りを取り除いたり網膜を修復する網膜硝子体手術だ。

 桐生は、この外科手術のエキスパート。前任の京都大病院をはじめ、これまで5千例以上を執刀。その実績を買われて2005年4月、眼科教授として川崎医大に招かれた。さすがに手術数は減ったが、現在も年間約100例を手掛ける。

 現在は、毛様体(白目の部分)に微小な穴を3カ所開ける「3ポート手術」が広く行われている。1カ所の穴には眼球を膨らませておく水を入れる灌流(かんりゅう)ラインをつなぎ、残り2カ所から先端の直径0・5ミリの特殊なカッターやライト(照明)を挿入。顕微鏡で眼内をのぞきながら、硝子体の悪い組織を削り取ったり、網膜に癒着した増殖膜を除去する。

 器具はより細くなり性能も向上。従来1ミリの穴を開けていたのが半分で済み、結膜を切開する必要がなくなった。ただ、網膜の厚さは0・5ミリ未満と極薄。傷つけないよう、極めて精緻な指先の動きが要求される。

 川崎医大病院では、若い医師に積極的に手術に携わらせている。「外科は実学。実際に執刀し、自ら考え工夫することで技術は伸びる」との考えからだ。

 近年、予後は大幅に改善している。侵襲の低い手術が可能となり、患者の負担が格段に軽減。最も重篤とされる糖尿病網膜症でも、車の運転ができる単眼視力0・5以上まで回復する人の割合は約15年前の35%程度から50%に高まった。「技術の進歩で、重症でも術後の視力回復が向上しています」と桐生。

 検査機器の進歩も大きい。同病院も導入している光干渉断層計(OCT)。眼底に弱い赤外線を当て、反射波を解析して網膜の断層像を映し出す。視野の中心がゆがむ黄斑円孔や暗くなる加齢黄斑変性症など、中高年者に多い目の病気の診断に威力を発揮。「具体的な病態を患者に見せて説明できる。手術にも理解が得やすい」。診断と治療。その両輪がかみ合ってこそ、最適な眼科医療が提供できる。

 「決して手術が好きなわけではない。投薬の方が効果的で安全性が高いなら、そちらを選びます」。網膜硝子体手術の第一人者から、意外な言葉が飛び出した。最新の眼科技術に関する情報は常にチェックし、検証を怠らないという。患者にとって何が最善か―それを実現することが、桐生の目指す眼科医療だ。(敬称略)

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 きりゅう・じゅんいち 金沢大付属高、京都大医学部卒。1991年から2年間、米イリノイ州立大シカゴ校客員研究員。2005年から現職。石川県出身。ストレス解消は「仲間と岡山のおいしい魚で飲む酒」という。

 硝子体と網膜 硝子体は眼球内部を満たすゲル状の組織で、重量の99%を水が占める。角膜の縁から眼球表面を覆うのが網膜。外部の映像をとらえ、視神経を介して情報を脳に送る。網膜の中で最も感度が高い部分が黄斑。ここに裂け目ができる黄斑円孔、網膜上にできた薄い膜が収縮し起きる黄斑上膜といった疾患にも、網膜硝子体手術は効果的だ。

 外来 桐生部長の外来診察は、毎週水・金曜日午前(8時半〜10時半)。完全紹介、予約制。



川崎医大病院

倉敷市松島577

電話 086―462―1111(内線22611=地域医療連携室)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年01月07日 更新)

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