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(20)口の中のがん 朝日高等歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 日本人の死亡原因の30%はがん(悪性腫瘍)である。女性よりも男性の方ががんで亡くなる人が多い。口の中のがんは全体の数%だが、発生率は男性が高く、女性の1・8倍である。そのうち、舌がんが最も多く、40〜50歳ぐらいから発病する。舌の裏に赤や白の斑点状のものが出来て、傷になったりするとなかなか治らない。また、触ると硬くなっている。そうなってくると舌がんの可能性が高い。舌がんは転移することが多いので、そんな症状に気が付いたら早めに専門家に診てもらう。

 次に多いのが歯肉がんで、下顎の奥歯の歯肉にできやすい。歯肉にブツブツした腫れが出て来たり、色が変わったりしたところがあったら、注意してほしい。歯肉がんは60歳代の人の発生率が高い。

 口の中のがんの治療は、抗がん剤を飲んだり、放射線をかけたりしてがん細胞をやっつけるが、それでも駄目な場合は舌や顎、顔の一部を切り取ってしまう。その後、元の顔に戻すために、自分の腸骨を取ってきて移植したり、金具を入れたりして形を整える。早めにがんが見つかればそこまでせずに済むことが多い。できることなら、いつも口の中を見て異常がないことを確かめてほしい。

 がんとは、細胞が勝手に増えていって(自律的増殖)、他の組織に悪い影響を及ぼすものをいう。普通の細胞には寿命があっていずれ死んでいくが、その一方で細胞分裂を起こし、数を一定に保っている。歯を抜いた場合、その穴に血液がいっぱい溜(た)まり、血餅となる。1〜2週間すると穴の部分が皮膚で覆われてくる。細胞分裂を担当している遺伝子のDNAがオンになって増殖を開始したからである。いつの間にか穴がつまってきて、骨が皮膚の下に出来てくる。そうなると、DNAはオフになって細胞の急な分裂は終わる。誰の命令でDNAがオンになり、誰の命令でDNAがオフになるのか分かっていないが、傷は治る。すくなくとも正常の細胞は、細胞同士でシグナルを交換して、調和を保っている。

 ところが、がん細胞は周りの組織のことなど考えずに、勝手に増えていく。とどまることを知らない増殖の結果、「こぶ」のような腫れものが出来る。細胞の増え方が早すぎると血管から遠い細胞は栄養が無くなって死んでしまい、破れて傷になり、出血することが多い。そんな状態になっても分裂を続ける。がんが進行すると、がん細胞同士の結合が弱まり、離れ落ちた細胞は血管やリンパ管を通って他の場所へ移動する。そして足場が見つかるとそこで増殖を始め、がんの転移が起こる。がん細胞は、悪性であればあるほど未熟で、形が不ぞろいの細胞であるので、顕微鏡で見れば診断することができる。

 良性の場合はある程度成熟した細胞の像をしていて、身体にとってそんなに大きな害はない。ほくろ(母斑)や脂肪腫、ポリープなどは良性腫瘍に分類される。細胞は勝手に増殖するが、転移したりすることはなく、また、血液の供給が少なくなれば増殖を止める。悪性の細胞よりは大人の細胞と言える。周囲と調和してくれるだけありがたい。

 良性にしろ、悪性にしろ、勝手に増えるようになってしまったのは、遺伝子に傷が入り、分裂する能力だけが強くなってしまったからである。ほとんどの人の身体の中でこの突然変異は起こっていて、毎日3千個や4千個のがん細胞が生まれるが、大型のリンパ球(NK細胞)が変異した細胞を溶かしてしまうので、がんにはならない。このリンパ球はいつも身体の中を巡回しており、がん細胞やウイルスに感染している細胞を見つけるとすぐに殺してしまう国防軍みたいなものである。しかし、この国防軍の破壊能力は15歳前後が最も高く、あとは加齢とともに弱くなってしまう。80歳では15歳の時の3分の1以下になってしまう。今、この国防軍を身体の外で増やしてから、大量に身体に注入する治療法も開発されてきている。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年01月07日 更新)

タグ: がん

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