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(22)インプラント義歯の手入れ 朝日高等歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 インプラント義歯は、入れ歯では最も進歩したものである。それ以前はブリッジだったり、継ぎ歯だったりした。さらにその前は出し入れをする入れ歯で、もっと遡(さかのぼ)るとインプラント義歯にたどり着く。紀元前2〜3世紀の古代ローマ人の上顎に鉄製のインプラントが植わっていた。ローマとカルタゴが地中海の覇権を争っていた時、ハンニバルがアルプス越えをした頃である。日本で言うと竪穴式住居で、稲作が始まった時代である。

 7世紀のマヤでは、20代の女性の下顎に天然の歯2本と貝とで作ったインプラントが入っていたという。このインプラント義歯には歯石が付いていたこと、埋めた歯の周りに新しい骨が出来ていたことなどから、相当長い間使っていたと考えられるが、20代で死んでいるから、インプラント義歯が長持ちしたとしてもせいぜい数年だろう。人の身体には、他人の臓器や異物(非自己)を見分ける能力があり、非自己と判定すると抗体を作って異物を排除しに来る。したがって、もしこのインプラント義歯が長持ちしたとすれば、自分の歯を抜いて再植した可能性も考えられる。

 「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」

 「春過ぎて 夏きにけらし白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」

 「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を 一人かも寝む」

 日本では、百人一首の初期の歌が詠まれた頃だった。

 現在のインプラント体には免疫反応が起こりにくいチタンが使われていて、数カ月するとインプラント体の周りに骨が出来てくる。天然の歯は上皮と由来が同じなので(外胚葉)、お互いが良く付着している。しかし、インプラント体と上皮の付着は弱く、その隙間に細菌が入り、感染が起こってインプラント周囲炎になる。インプラント周囲炎の自覚症状はないので、自分ではなかなか気づきにくい。インプラント体の周囲を指で押さえて膿(うみ)が出てきたりすると、厄介なことに、せっかく入れたインプラントを抜く羽目になる。

 インプラント周囲炎の細菌は、歯周病原菌とほとんど同じ種類のものである。だから歯周病と同じように対処したら良いのだが、歯周病よりも感染に対して弱い。そこを補強するには宿主を強くする「つまようじ法」ブラッシングが効果的である。

 今、歯周病やインプラント周囲炎の予防、治療の世界的主流と言えば、バス法ブラッシングと糸ようじの併用である。場合によっては歯間ブラシも使う。バス法ブラッシングは歯と歯グキの境目の歯垢(しこう)を取ることを目的にしているが、これだけでは歯と歯の間の歯垢を取ることが出来ないので、糸ようじと歯間ブラシを併用する。

 「つまようじ法」ブラッシングは、歯と歯の間の歯垢を取ることを目的にして開発された方法なので、バス法ブラッシングよりも歯と歯の間の歯垢はきれいに取れるのは当たり前だが、それ以外の部位は両者に差はない。また、「つまようじ法」を知っている歯科医師が満足いくまでブラッシングをした時間を測ってみると、バス法ブラッシングと同じくらい時間がかかるが、糸ようじを使う時間だけ短縮できた=表参照

 さらに、「つまようじ法」の大きなメリットは、歯ブラシの毛先が届きにくいところの歯グキの細胞分裂を高めることである。皮膚の細胞が分裂すると表側の古い細胞は、細胞表面に細菌をいっぱいつけて、下から押し出されるように剥がれ落ちていく。皮膚はこのようにして感染を防いでいる。インプラント周囲炎のように組織の抵抗力が弱い部分を補強するのに、「つまようじ法」ブラッシングは非常に有効である。

 インプラント義歯の発想は大昔のものと変わりないが、物質文明の進化で実用に耐えられるようになったし、その手入れもちゃんとできるようになってきた。しかし、精神的なものは昔も今も変わらないのかもしれない。柿本人麻呂の心境は、今でも共感する人は結構多いと思う。「ながながし夜を 一人かも寝む」、下級官僚の人麻呂は愛妻家だったという。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年02月04日 更新)

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