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こどもの森の小児科医 特別編・下 倉敷中央病院小児科部長、桑門 克治

 くわかど・かつじ 大分県立佐伯鶴城高、京都大・同大学院卒。島根県立中央病院を経て、2001年12月から現職。日本小児科学会専門医、日本腎臓学会専門医、京都大学医学部非常勤講師。

 こどもの森に関わっている大人たちは、こどもたちが生き生きとして森から旅立ってほしいと願っています。それぞれの得意な分野で頼りにされる大人になり、そのうちの何人かがこどもの森に関わってくれるととてもうれしいですね。未来のこどもの森はどんな姿になっているのでしょう。

将来の小児医療体制

 今のこどもたちが大人になる頃は高齢社会(高齢“化”社会の次の段階です=図1参照)で、医師の多くは、複数の臓器の病気を抱えたお年寄り(おそらく私もその一人です)を診ることになります。今の臓器別専門医の時代から総合診療医の時代に変わっているはずです。

 2004(平成16)年に始まった新しい医師臨床研修制度は最初の2年間にさまざまな診療科の急病対応を身につけることを目標にしています。この制度の中で研修を受けた医師たちは小児科医でなくてもこどもの急病の重さを判断して対応できるようになっているのですよ。若手医師たちは高齢者からこどもまで診ることのできる幅広い診療能力を持っているのです。2011年3月の震災の時に最初に活躍したのは、最重症者に対応する救命救急専門の医師たちと幅広い診療能力をもつ自治医大出身の医師たちでした。

 「小児救急」という言葉は、重症者の救命、時間外の急病対応、と場面によって少し違う意味で使われます。マスコミによく登場するのは後者の時間外の急病対応の方ですが、こちらのために小児科医を集める必要はありません。たとえば、岡山県北部は他県と同様に小児科医が少ない地域です。この地域の医師たちは日常的にこどもの診療に携わっていますから急病対応はお手のものです。以前に「このあと重症になるかもしれない兆しがあるので」と救急車に同乗して1時間以上かけて倉敷まで連れてきてくださったことがあります。急病に関しては、県北は大丈夫、と心強く思ったものです。交通事故などの不慮の事故を除くと、地方の方が都市圏よりもこどもの死亡率は低いという報告もあります。

 「医療崩壊」という言葉もよく使われますが、21世紀に入ってからも20歳未満の全ての年齢層で死亡率は緩やかに減少しています。日本の5歳未満の死亡率は出生1000あたり4人未満とスウェーデンなどと並んで世界で最も低い国のひとつです=図2参照。将来は全ての年齢の急病者に対応できる医師が増えてきますので、安心しておきましょう。一方、早く生まれてしまった赤ちゃん、こどもの心臓病、白血病などの治療を担当する専門家も必要です。サッカーチームのように、いろんな得意分野をもった医師、医療関係者がチームをつくり、力を合わせて働ける仕組みづくりが大事ですね。

予防医療を中心とした小児医療へ

 4月からようやく子宮頸(けい)がんワクチン、肺炎球菌ワクチン、ヒブワクチンが定期接種になることが決まりました。水ぼうそうやおたふくかぜ、B型肝炎のワクチンなども、脳炎、難聴、肝がんを防ぐために定期接種にすべきですね。署名活動にぜひともご参加ください。肺炎球菌ワクチンやヒブワクチンがベルギーで導入された時に、肺炎などの入院治療を行う施設が半分ですむようになったそうです。乳幼児にはノロウイルスよりもひどい嘔吐(おうと)下痢症を起こすロタウイルスに対するワクチンもできて、導入した国では入院治療を必要とする子が5分の1以下になったそうです。保護者の方々も職場を休まなくてすみますから、市町村の予算を決める方々には、医療費の無料化の前に各種の予防接種の無料化を進めていただきたいですね。

 昨年、同時接種が「念のため」一時見合わせになりました。もっと前にも日本脳炎ワクチンを差し控えた時期がありました。どちらも原因不明の乳児の死亡率や脳症の基本統計があれば、見合わせる必要はないと判断できる出来事でした。見合わせることで病気にかかってしまう危険がどの程度かについても統計がありません。大事なことを判断する際には、「なんとなく怖そう」「みんなが心配しているから」などの空気に影響されると不幸な結果を生むことになりかねません。個人情報を保護しつつ、皆にとって有益な統計調査を日々続けておくことは水道・電気などと同じように大切ですね。すでにオランダなどでは行われています。

 感染症の他にも予防したいことはたくさんあります。大人になって「規則正しい生活をしましょう」「バランスの取れた食事にしましょう」「定期的に運動しましょう」などといった生活習慣の指導を受けなくてすむように、早く寝ると体調がよい、何でも食べると力がでる、体を動かすと気持ちがよいこどもたちになってほしいですよね。保育園や幼稚園の先生たちに尋ねてみてください。ちょっとお膳立てをしてあげれば、こどもは遊びの中でいろんなことを身につけることができます。決して「こどもの好きなものを与えることがよいこと」ではありませんよ。あの孔子でさえ「心の欲するところに従っても大丈夫」になったのは70歳なのですから。

肥満だけでなく羸痩(るいそう=やせすぎ)の子もメタボリズムが心配です

 昨年、「20歳の時点でやせすぎだった女性は妊娠糖尿病の発生率が5倍」という報告がありました。やせすぎも人間の体の働き、特に代謝(メタボリズム)に変調をきたします。戦争中に飢餓を体験した地域のこどもたちは何十年かして心筋梗塞などの発生率が高いという調査結果もあります。

 われわれ日本人は、善か悪か、黒か白か、が好きなので、肥満が危険となると「メタボ」というレッテルを貼って悪者にしたてあげ、「やせればいいんでしょ」と極端に走りがちですが、ヒトという哺乳動物はそれほど単純ではありません。他の生き物と同じように「ちょうどよい」という範囲があります。日本女性のやせ志向が赤ちゃんの出生体重の低下傾向につながっているようだ、という将来に関わる問題もあります。

「メディアは18禁」でどうでしょう

 「2歳まではテレビを消してみませんか?」というリーフレット(NPO法人子どもとメディア)をご存じでしょうか。日本や米国の小児科学会や小児科医会もメディア(テレビ、ゲーム、パソコン、携帯電話など)の害をうったえています。昔、テレビっ子だった人にはテレビに害があるなんて思いもよらないのでしょうか。それとも我(わ)が子のお守りをメディアにさせているのでしょうか。

 ヒトは2歳までに、ほほ笑み、喃語(なんご)(周りの大人には意味をつかめない語りかけの蕾(つぼみ))、単語、歩行と哺乳動物としての基本能力を身につけます。五感を駆使してこどもに語りかけることこそが脳と体の栄養になります。また、8歳頃までは現実と映像の区別がつきません。津波の映像によって心が深く傷つけられた事例もあります。寝不足のために体温が低くなったり、頭が痛くなったりする子がとても多い時代です。2歳までと言わず、パチンコと同じように18歳までは禁止してはどうでしょう。

未来の子どもの森

 第一次大戦で働く男たちを失ったヨーロッパでは女性がいろんな職場に進出しました。第二次大戦後の日本でもお母さんたちが働くために保育園がたくさんつくられました。労働人口が減ってゆくこれからの日本も家族だけでこどもたちのお世話をするのは難しい社会になりそうです。「頼りになるおばあちゃん」という伝説は、戦前に子育てをした明治生まれのお母さんたちのうち2―3人に1人は我が子の1歳の誕生日を迎えられなかったというつらい時代に、こどもをしっかり見ていたお母さんたちに備わった知恵のことなのだろうと思います。

 未来のこどもの森では、いろんな方々が知恵を出し合って周りにいるこどもたちのお世話をしている、こどもたちはいろんな人と遊び、関わって成長し、いつか次のこどもたちのお世話をするようになる、そんなところになっているといいなと思いませんか。われわれ小児科医もそのお手伝いができれば、と考えています。

=おわり=

後(あと)ほど名医

 こどもがひどくおなかを痛がった時に「盲腸」(正確には急性虫垂炎)が気になりますね。医学部を卒業して3―5年目の医師たちと10年以上の医師たちとでは判断能力に差がありませんでした。この調査でわかったのは「症状が始まって早い段階で診察した医師は経験年数にかかわりなく急性虫垂炎と判断できない場合がある」ということでした。インフルエンザの検査で、発病して6時間以内は検出できないことが多いのと似ています。病気が始まってしばらくたってから診た医師の方が判断しやすいものなのです。これを「後(あと)ほど名医」と言います。3日間熱が続いて治まる風邪の場合に「いろいろ病院をまわったけど、最後に行った倉中(倉敷中央病院)の薬がよう効いた」と誤解をいただくこともあります。

「コンビニ受診」というレッテルで見えなくなるもの

 「コンビニ受診」。これもよく使われるようになった言葉です。病気自体は軽症なのに救急外来を受診されるケースに使われますが、レッテルを貼ってしまうと背景を考えなくなりますよね。たとえば、産後うつのためにちょっとしたことが気になって不安に陥っている事例。雇用が不安定なので平日昼間に休みを申し出ることができない事例。背景も考えてあげたいですね。レッテルを貼っても解決しない問題がたくさんあります。

医療等ID

 マイナンバー法は税金などのからみがあるためか評判が悪いようですが、医療等IDという仕組みはあったほうがよいだろうと思います。母子手帳に記録されているような健診の記録のほかに、薬・食べ物のアレルギーの記録、どんな治療を受けたことがあるかなど、今はそれぞれの病院にしか記録がなく法律上は5年間しか保存義務がありません。自分の体についての情報を銀行口座に預けるように保管管理する仕組みはきっと一人一人の役に立つでしょうし、個人情報を除いて統計処理しておくといろんな場面で皆の役に立つはずです。

「小児保健法」を

 老人保健法(2008=平成20=年からは「高齢者の医療の確保に関する法律」)と対をなすべき小児保健法が日本にはありません。こどもの健康を守るためには、小児保健法が必要です。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年02月18日 更新)

タグ: 子供倉敷中央病院

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