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(23)新人母さん 朝日高等歯科衛生専門学校校長 渡邊達夫

 日本の人口は減っている。厚生労働省の統計では、86カ国中人口減少がみられる国は11カ国あり、わが国の自然増加率は下から9番目だ。乳児死亡率は世界一低く、制度面で改善すべきところは全て改善してしまった後の自然増加率なので=表参照=、人口を増加させようとしてもなかなかの難題である。

 今から25年前、バブル経済が始まった時、ポルトガル政府の高官と会う機会があった。当時のポルトガルはECへの加盟条件を満たすために、大学のシステムや医療システムを含む全てを改善しなければならず、時間と戦う毎日だった。彼はゲラ刷りの冊子を持ってきて、公衆衛生の新施策としてこれを実践するのだ、と自慢げに説明してくれた。話の内容は日本の母子健康手帳そのもので、あれから四半世紀、ポルトガルの乳児死亡率が日本に次いで下から2番目になったことはうれしい。

 日本は世界一安心して子どもを産める国だが、なぜか出生率は低迷している。人口減少は国力の低下を意味する。なぜ第二次世界大戦の敗戦国において出生率が低下してしまったのだろうか。今の地球上で自然淘汰(とうた)が起こっているのかもしれない。昔は個体の自然淘汰を考えていたが、遺伝子の自然淘汰という考えも出てきた。利己的遺伝子と利他的遺伝子と言うのがあって、人口増加国の人々は自分だけを増やそうとする利己的遺伝子に支配されていて、減少国の人は利他的遺伝子に支配されて他人のために貢献するというふうに捉えると、利己的遺伝子を持った人々が日本に入ってきて、支配してしまう前兆なのかな。そんなことを考えながら、子どもを3人も連れているお母さんをみると素晴らしいと思うし、ありがたいと思う。応援したくなる。

 歯医者が新人のお母さんを応援できることと言えば、まず、歯グキの出血をなくすことである。歯肉出血が多い妊産婦さんから生まれた赤ちゃんは、体重が軽く、大腿(だいたい)骨が短い。歯グキの感染が胎児に影響を与えているが、ちゃんとしたブラッシングをして出血をなくせば、その心配はなくなる。

 次に母乳保育に徹してほしい。粉ミルクは牛乳から作る。牛乳は牛の仔(こ)を育てるもので、それを母乳に近づける努力がされているが、初乳の免疫能だけはまねが出来ない。人間がかかる病気と牛がかかる病気は違うので、初乳だけでも母乳にしてほしい。

 生まれたての赤ちゃんは唇に触れたものにすぐ吸いつく。お母さんのおっぱいを口いっぱい頬張って、命を育む。赤ちゃんがなんで泣いているか分からなくても、おっぱいを含ませたら泣きやむ。赤ちゃんの心が休まるのはお母さんのおっぱいであって、ゴムやウレタンの乳首では無理だ。

 また、離乳食を与える時、赤ちゃんが完全に飲み込んだのを確認してから次のスプーンを口に運んでやるという具合に、ゆっくりよく噛(か)んで食べる習慣を付けてやってほしい。ゆっくりよく噛んで食べる効用は、脳の発育を良くする、顎の骨の発育を良くし、乱ぐい歯の予防になる、肥満予防になるなどはよく知られているが、がんなど生活習慣病の予防になるとも言われている。この習慣づけは離乳食の時から始まる。

 生まれてすぐの赤ちゃんの口の中には細菌は全くないが、6時間もすると検出される。これは独り立ちするための洗礼で、この細菌の洗礼を受けることによって赤ちゃんは免疫を獲得し、強い身体になっていく。だからムシ歯菌(ミュータンス菌)の感染も恐れる必要はない。ミュータンス菌は砂糖がなければ繁殖できないので、砂糖をあまり与えないように気をつければよい。しかし、極端に炭水化物の制限をすると、激しい運動をした翌日などに自家中毒を起こすこともあるから、要注意。フッ素入り歯磨き剤を使ったり、フッ素塗布はムシ歯予防に効果的である。大変だけど、頑張ってほしい、新人母さん。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年02月18日 更新)

タグ: 健康子供

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