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障害者自立支援法施行 岡山の動きリポート  自己負担に疑問、戸惑い

ホームヘルパーの岸本栄一さんに外出の準備を手伝ってもらう滝川さん。社会的な支援を受けて自立した生活を送る

桑野ワークプラザでクッキー作りに励む障害者ら。4月から通うごとに利用料がかかってくる

 障害者福祉の大きな制度改革となる「障害者自立支援法」が四月から施行された。身体、知的、精神の三障害の福祉サービスを一元化し、施設から地域生活への移行を進める一方で、サービス料の原則一割を利用する障害者本人に求める。事業・施設の再編など十月からの本格的な実施に先立ち、四月から自己負担を導入。所得の少ない障害者からは「利用しづらくなる」との反発も強い。岡山県内の障害者やサービス提供事業者の動きをリポートする。


福祉サービス利用者の負担 収入少なく生活困難に

 岡山市灘崎町で両親と暮らす青井寛さん(24)は今春、やむを得ず“独立”した。

 といっても、住む家は変わらない。現住所と新住所が一緒の住民異動届を市役所に提出、寛さんだけ世帯を分けた形だ。

 寛さんは重度の心身障害があり、ほとんど寝たきり。ホームヘルプなどの在宅福祉サービスを無料で利用していたが、四月から新たに負担が発生。世帯分離は、それを少しでも軽減するための「苦肉の策」だった。

 新制度での負担額は受けたサービス料の原則一割で、世帯の所得に応じて三段階の上限が設定されている。家族に所得がある寛さんは通常なら「一般」の区分で月三万七千二百円。だが、世帯を分け寛さん本人の所得だけみると、障害基礎年金(一級、月約八万二千円)しかないので「低所得2」の区分になり、月二万四千六百円に下がる。

 「形式的とはいえ、本当なら世帯まで分けたくなかった」と母の美津恵さん(54)は複雑だ。

 さらに追い打ちをかけるかのように、岡山県の「医療費公費負担制度」の見直しで、重症心身障害者の医療費に自己負担が導入される見通し。増す一方の負担に、美津恵さんは「自立支援と言いながら結局、親の収入を当てにしている。いつまでたっても子どもは自立できないし、親は子どもを残して死ねない」と不満を募らせる。

独自の軽減策も

 利用者負担の是非など、多くの議論を呼びながら昨年成立した自立支援法。背景には、二〇〇三年度に身体、知的障害者を対象に始まった「支援費制度」の財政破たんがある。行政がサービス内容を決める措置制度から、障害者が自らサービスを選ぶ仕組みに代わり、利用が増加。財政安定化に向け制度の練り直しを迫られる中、出てきたのが一割負担だ。

 しかし、負担の前提となる障害者の所得は少ない。〇五年度の障害者白書によると、就労月収が三万円未満の障害者は身体で12%、知的では51%に上り、年金などを合わせても十万円に満たない障害者は多い。

 「生活できない」という障害者の声に対し、独自に負担を軽減する自治体も出てきている。

 東京都は住民税の非課税世帯に対し、利用者負担を3%に。広島市は激変緩和措置として初年度、低所得者に対し国の上限額の四分の一に抑えた独自の上限額を設定した。こうした軽減策を設けているのは六都府県、都道府県庁所在市、政令市では十一市に上っている。

将来に不安

 「これで何とか生活を続けられる。でも特例的だから将来どうなるか…」

 岡山市原尾島の借家で一人暮らしする滝川直秀さん(51)は、福祉サービスの自己負担をゼロにするとの市の決定に安どしながらも不安を隠せない。

 脳性まひで体を自由に動かせない滝川さんは毎日、ホームヘルプを利用。毎月二万四千六百円の自己負担がかかると、今の月十一万円弱の所得ではやっていけない。

 自立支援法では、負担で生活保護に移行せざるを得なくなる場合、それを防ぐための減免措置がある。滝川さんは、市にその適用を求めていた。

 岡山YMCA(岡山市中山下)などでボランティアをしている滝川さん。外出は準備だけヘルパーに手伝ってもらい、後は一人で歩く。

 「できるところは自分でやる。でも、どうしても人の支えが必要な時がある」と滝川さん。トイレや食事は一人では難しい。部屋で転倒し、何時間も起きあがれず、近所の人に大声で助けを求めたら、救急車を呼ばれたこともある。

 滝川さんの母親はパーキンソン病で施設に入っており、父親はもう八十歳と高齢。地域での自立した生活はヘルパーら社会的な支えがあってこそだという。

 「障害者にとって負担でサービスの利用を抑えるのは即、生活の縮小につながる。家で孤立させるような状況では、自立支援とは言えないのではないか」と滝川さんは疑問を唱える。



事業者の対応 「利用控え」を懸念

 サービスを提供する側も難しい対応を迫られている。

 「利用を控える動きが起きないか心配」

 岡山市桑野の知的障害者の通所授産施設「桑野ワークプラザ」の細川和敬施設長は懸念する。

 障害者が日中、作業をしながら過ごす通所授産施設。桑野ワークプラザはクッキー作りをはじめ、企業の下請け作業として弁当のシール張りなどの作業を受注している。三月まで利用者の負担はゼロ(二十歳以上)だったが、四月からは一人あたり約三万円~一万五千円が毎月、利用者にかかってくる。

 しかし、同施設が工賃として利用者に支払うのは月一万三千円~一万円。利用料を下回るのは確実で、利用者は「働いているのにお金を支払う」ということになる。

 さらに、事業者に支払われる報酬が定額の月払い方式から実際の利用日数に応じた日払い方式へ変更。厚生労働省は月二十二日利用することを元に単価を設定しているが、「年末年始と土日を除き毎日来てもらわないといけない計算」と細川施設長。施設側は来てもらわなければ報酬が減り、利用者側は、上限があるとはいえ、通えば通うほどお金がかかることになる。

 厚生労働省は二〇〇六年度予算で事業者に対する報酬単価を全体で前年度比1・3%減とした。桑野ワークプラザでは、隣接する更生施設と合わせ、〇六年度で約八百万円の収入減となる見込みで、今春の職員採用を二人から一人に減らすなど業務の見直しも迫られている。

 「もっと高い工賃を払えるように効率の良い仕事の開拓など、こちらの“経営努力”も必要だが…」と細川施設長。

 日本障害者協議会(東京)の藤井克徳常務理事は「サービスを提供する事業者と利用する障害者の利益が相克する宿命的な仕組みがある」と批判している。

事業・施設 10月から再編 市町村の役割増す

 事業・施設の再編は十月から実施。居宅と施設、障害種別などで分かれていた体系は、その枠組みを超えて「自立支援給付」と「地域生活支援事業」の二系統に分けて再編成される。

 自立支援給付は、居宅介護(ホームヘルプ)や施設入所支援などの「介護給付」、就労移行支援や共同生活援助(グループホーム)などの「訓練等給付」、精神障害者の通院医療費公費負担制度などの「自立支援医療」などがある。

 一方の地域生活支援事業は、地域の実情に応じて行われる事業で「相談支援」や「移動支援」、小規模作業所を想定した「地域活動支援センター」などが当たる。

 二つの事業で大きく違うのは財源。自立支援給付は国が負担に責任を持つ義務的経費なのに対し、地域生活支援事業は予算の範囲内でしか出せない裁量的経費。前者は財政的な裏付けがある半面、利用者には自己負担がかかる。後者は自治体の裁量で利用者負担は義務づけられていないが、財政的には不安定という一長一短がある。

 市町村の役割が増すのも特徴。実施主体が市町村に一元化され、将来の福祉サービスの整備目標を数値化するなどした「障害福祉計画」の策定が義務づけられた。障害者福祉への取り組みには、自治体間で大きな差があると言われる。新法が格差の縮小につながるかどうか注目される。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2006年04月18日 更新)

タグ: 福祉医療・話題

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