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我が家の伝書鳩 川崎医科大付属川崎病院長 角田 司

 私は小学生から中学生にかけては、福島県の会津に住んでいて、カナリヤや野鳥それに伝書鳩(ばと)を飼っていた。最初のうちは私が世話をしていたが結局は祖父が全て面倒をみてくれ、父からはよく叱られていた。

 たくさん小鳥がいたが、この頃ひながかえったのは伝書鳩のみであったので、この伝書鳩に関しては印象に残っている。毎日学校から帰るとすぐに小屋から放してやるのだが、夕焼け空に20〜30分、親子で飛んで無事家に戻ってきたものであった。

 最近ひょんな事から、邱永漢氏の昔の小説を読む機会を得た。「高い伝書鳩と安い伝書鳩」という話である。ある歯科医が早く隠退したいと思って、娘を歯科大にやり、あわよくば同級生を連れて帰ってきて家を継いでくれたらなあと虫のよいことを考えていた。

 ところが、まだ小学生である息子の方が伝書鳩に凝っていて、友達を連れてきて待合室で話をしているのを何げなく聞いていると、伝書鳩には1羽千円のものもあれば1万円のものもある。どこに違いがあるかというと、1万円の鳩は空高く飛び上がると仲間を連れて帰ってくるが、千円の鳩は連れていかれてしまうという。

 それを聞いた歯科医は愕然(がくぜん)として、自分は娘が婿を連れて帰ってくることばかり考えていたが、うちの娘はひょっとしたら安い伝書鳩で連れていかれるかもしれないぞ、と思い至った―という内容であった。

 私も会津から出て来て長崎で31年、その後岡山に移って20年となり、現在は病院長を拝命している。このことは会津の両親にはうれしいことであったのは事実であろうが、一方で、安い伝書鳩であったと思われていたかもしれない、と考える今日この頃である。

(2013年7月11日付山陽新聞夕刊「一日一題」)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年07月11日 更新)

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