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(5)鼠径(そけい)ヘルニア(脱腸) 天和会松田病院外科医師 渡邉剛正

わたなべ・たかまさ 静岡県立静岡高、岡山大卒。岡山大第一外科入局、香川労災病院、姫路赤十字病院、津山中央病院などを経て2006年から天和会松田病院勤務。日本外科学会専門医。空手道3段。

筋膜の広がった穴を修復する「あて布」

 今日は脱腸についてのお話です。「ダッチョウ」という言葉の響きが格好悪いので「ヘルニア」とも言いますが、ヘルニアは「とび出す」「はみ出る」という医学用語です。腰痛の原因となる「椎間板ヘルニア」も「ヘルニア」と言いますが、全く別の病気です。今日は「脱腸」と呼ぶことにします。それから脱腸には子供の脱腸と大人の脱腸とがあり発生原因が違います。今回は大人の脱腸について説明します。

 腹壁の皮下脂肪のさらに下には「筋膜」というしっかりした膜があり、体形を整える「ガードル」の役割をしています。この筋膜にはあらかじめ穴が開いています。家の壁にエアコンのダクトや水道管の通る穴が開いているように、筋膜には足へ向かう血管や神経あるいは男性の場合、睾丸(こうがん)へ通じる精管の通る穴が開いています。こうした穴は本来小さいものですが、腹圧が高い状態が続いたり、加齢などによって筋膜が薄くなると大きく広がってしまいます。これらの穴から、本来出てはいけない腸がもれ出してくるのが脱腸なのです。

 出てきた腸が元に戻ればまだ良いのですが、元に戻らなくなると狭い穴で腸が締め付けられることがあります。これは嵌頓(かんとん)という危険な状態です。最悪の場合、腸の血流が失われ腸が死んでしまいます(壊死(えし)と言います)。嵌頓した時は一刻を争う治療になります。

 脱腸の根治法は手術だけです。ただ、腸の手術では無く、広がった穴を補修するのが脱腸の手術の目的です。手術の方法には大きく2通りあり、下半身麻酔により腹壁の前方から補修する方法と、全身麻酔により腹腔鏡を用いて穴の裏側から補修する方法とがあります。いずれの方法も一長一短があります。手術法は外科医の熟練度によって病院ごとにおおよそ決まっています。

 私は「クーゲル法」という方法で手術しています。脱腸の原因になっている筋膜の広がった穴を幅8センチ長さ12センチの専用の「あて布」で修復する方法です。

 脱腸はちょうど、破れたズボンからはみ出したモモヒキのような状態です。モモヒキを元に戻し、破れた穴を補修するわけです。以前は穴を直接縫い合わせる方法が主流でしたが、破れて再発することがしばしばありました。また、従来法は痛みも強く入院期間も長い傾向がありました。「あて布」方式が主流になってからは再発率が減少し、入院期間も短縮しています。

 手術は下半身麻酔のもと、4〜5センチの皮膚切開で行います。手術時間は体形にも左右されますが30分〜1時間以内です。日帰りでこの手術を行っている病院もありますが、当院では入院していただいています。手術の翌日退院される患者さんもいますが、4〜5日間の入院が標準的です。

 嵌頓さえしなければあわてる必要はありませんが脱腸は自然には治りません。足の付け根の辺りに違和感や膨らみを覚えたら受診をご検討ください。 (日本外科学会専門医)


◇天和会松田病院(電話086―422―3550)
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年10月07日 更新)

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