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(上)ボツリヌス毒素を用いた痙縮治療 脳神経センター大田記念病院(福山市) 脳神経内科部長 下江豊

しもえ・ゆたか 広大付属福山高、千葉大医学部卒。卒業後、同大学神経内科に入局。以後松戸市立病院、千葉労災病院、鹿島労災病院などで実地臨床・地域医療を中心に研さん。2013年4月から現職。脳血管障害以外では不随意運動、臨床神経生理が専門

注射前

注射1週間後

 脳梗塞や脳出血などの脳血管障害の患者さんには少なからず後遺症が残存し、それが生活の質の低下を引き起こします。今回は、後遺症治療であるボツリヌス毒素を用いた痙縮(けいしゅく)治療のお話です。

脳血管障害後遺症としての痙性麻痺-筋緊張亢進(痙縮)が治療の妨げになる

 脳血管障害の運動麻痺は大ざっぱに弛緩(しかん)性麻痺と痙性麻痺の二つに分類することができます。弛緩性麻痺は筋肉の緊張感が低下し筋力低下も重度で現状の治療ではほとんど回復の見込みがない麻痺です。

 痙性麻痺はその逆で、筋肉が固くなる(この状態を痙縮といいます)ため筋力回復がままならない麻痺です。重度になると筋肉が短縮した状態で固まります(拘縮といいます)。適度の痙縮がある場合は、これを日常リハビリに利用して歩行訓練を行うことができますが筋力が回復するわけではありません。長期に続くとさらに筋力低下が加わり回復不能に陥ります。痙縮に対する治療として、内服薬・低周波・装具・ブロック注射などが行われてきました。ボツリヌス毒素注射は、毒素を筋肉に直接注射して痙縮を緩和させる治療です。

治療の原理と方法

 ボツリヌス毒素は、ボツリヌス菌(クロストリディウム・ボツリヌム)という細菌から産出される神経毒です。食中毒の原因菌としても有名ですが、その作用は神経筋伝達の遮断です。ボツリヌス毒素が筋肉の中に存在する運動神経終末の受容体に結合し、神経終末からアセチルコリン(神経伝達物質)が放出されるのを阻害し、神経と筋の間の伝達を遮断します。中毒量になると麻痺が生じますが、適量の毒素を局所に注射することで筋力低下を来さない程度の痙縮緩和が達成されます。この治療はこの筋緊張緩和作用を利用した治療です。効果の持続時間は3〜4カ月で追加の注射が必要になることもあります。治療後は注射した筋肉の筋痙縮が緩和され関節可動域が拡大します。

 実際に注射した患者さんの写真です。注射したのは左の上腕二頭筋で注射後肘関節の可動域が拡大しています。さらに手指が全体的に伸びています。1カ所の注射で他の筋肉にも良い影響が出ていることがわかります。最近の研究では、脊髄の中にある介在ニューロンに直接作用して痙縮を緩和する作用もわかってきました。

注射以上に肝心なこと-筋力回復のために絶対必要なリハビリ

 ボツリヌス毒素注射により関節の動く範囲は確実に拡大します。特に注射後短期間集中的に受動リハ(療法士等から受けるリハ)を行うと効果がより高まる意見もあります。同じ力で確実に動きがよくなっているので患者さんのリハビリに対する意欲もより高まります。しかし、最後に念押ししておかなければならないのは、この治療はあくまで筋肉の緊張を和らげるものであり筋力を回復させるものではないということです。筋力トレーニング、そして持久力向上のための補助的治療なのです。薬の効果があるうちにできるだけのリハビリを行い、筋力と正しい運動パターンを身につけてもらうことこそがより良い病後生活への道を開くのです。
※登場する人物・団体は掲載時の情報です。

(2013年10月21日 更新)

タグ: 脳・神経脳卒中

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